侍女2 実践魔法の授業中
「俺と手合せ願う」
お嬢様にいきなりそんなことを言ってきたのは、国家騎士団長のご令息、アレス様です。
これから魔法の実践と言う時に、なんて無礼な方なんでしょうか。
お嬢様は、いつもの無表情で、
「お断りいたします」
と言いました。さすがです。
「何故だ」
むっとしたようなアレス様ですが、お嬢様は無表情を崩しません。
「先日の演習を見てのことでしょうが、私は前線に立つことを想定しておりません。あくまで砦の中で兵たちの指揮を執る『将』としての役割を課しております故、個人の手合せとなると専門外です。また、演習の時も申しましたが、私と戦いたいのでしたらクローデンス領にいらしてください。私たちの戦場はここではなく北にありますので」
つらつらと、よく言うもんですよ。これでもお嬢様はかなり実践的な魔法の使い手で、『自分の身も守れない大将だと、いざって時に足手まといになるから』などと言って護身を磨いてましたから、個人の手合せでも負けることはないですよ。それこそ魔法でなく剣や素手でも、防衛ということに関してはお嬢様は負けなしです。代わりに攻撃はひっどいもんですけどね。
「手合せでしたら、ミーア公爵令嬢といかがでしょう。あの方ほど優れた魔法の使い手は数えるほどしかいらっしゃらないでしょう」
「アルテミス様とは……」
「では、そういうことで」
あ、お嬢様お得意の『そういうことで』が出ました。あれで全部誤魔化すんですよ。困ったお嬢様ですわ。あとは『まあいいか』が口癖ですね。『もういいや』でないことがお嬢様らしさです。
お嬢様は魔法の実践の授業に戻ります。教員の方の言う通りに、優秀で逸脱しない範囲の魔法を使っています。
さすが昼行燈と言われたお嬢様。野心のない腑抜けと言われたお嬢様。引きこもりの臆病者と言われたお嬢様。……ろくなこと言われてませんわね。
お嬢様はしれっと何事もなかったように戻っていましたが、全体から見ると注目を集めたようで、そっとアルテミス様が騒ぎの片割れ、アレス様に近寄っていきました。
「アレス様? どうかなさったの?」
「いや、クローデンス辺境伯令嬢に手合せを願ったが、断られただけで……」
「……ご令嬢に手合せを?」
アルテミス様は片眉を上げて『信じられない』という表情をしました。ちょっとはまともなようですね。私、あれだけ取り巻き抱えてるので、てっきりアレな方かと思ってました。
ちなみにうちのお嬢様は何食わぬ顔で授業を受けてます。それでこそお嬢様ですが、少しはアルテミス様を見習ってくださってもいいんですよ?
しかしあの取り巻きたちを抜きにするなら、アルテミス様は概ね素晴らしい方だと思います。遠目にもはっきり存在感と美しさ、気品が感じられます。学園内でアルテミス様を『お姉様』と呼び慕う女性たちが多くいるのもわかろうというものです。ファンクラブまで出来てましたね。アルテミス様は今一つわかっていないようですが。
そんな存在感を示すアルテミス様とは正反対に、良くも悪くも馴染んできているのはデメテル様です。最初こそ顰蹙を買っていましたが、ハデス様のご指導の賜物でしょう、すっかり貴族令嬢らしくなり悪目立ちもなくなり、空気のような扱いを自然と受けられるぐらいになっています。ハデス様も公爵家の従者なので、よく教育されているのでしょうね。
それでもご友人はいないようで、今も一人で授業を受けています。それに対してうちのお嬢様は、大体一人でいるくせにちゃんと知人以上友人未満の方を作っているんですから、要領がいいのやら優秀なのやら……。
おっと、そう眺めているうちに、なにやらアルテミス様の周りに取り巻きさんたちが集まってきましたね。どうせ、誰が一番出来るか、とかでアピールしているんでしょうね。発情期──失礼、思春期ですから仕方ありません。
ん?
……え?
「じゃあ、アルテミスとアレスとディモス、それにアフロディーテ男爵令嬢とクローデンス辺境伯令嬢で模擬戦でもしようか。勝った人には、僕が出来る範囲で便宜を図るよ」
第二王子が、殿下が、継承権第二位の王族が、そう言いました。
はは、……お嬢様もお気の毒に。
なんて思っていたら、ちらっとこちらを見て、目配せしてきました。
『しっかり敵情視察してて』と。……強かですよねえ、うちの主人は。
かしこまりました、と心の中で頭を垂れて、このまま──木の上に隠れたまま、じっくり観戦いたしましょう。




