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36話:エーテルスラッシュ


 ヘルトとマリアが激突する十分ほど前。


「……リカール。お前は王と共に王城へと戻れ」


 そのマリアの言葉を聞いて、すっかり突撃する気満々だった参謀のリカールが目を見開いた。


「何を言っているんすか! 俺も行きますよ! 奴の魔術に対抗するには、それなりの魔術師は絶対に必要になりますって!」

「ダメだ。お前は、イングレッサの大貴族ランブラン家の息子で、かつ道理が分かる男だ。もう、王宮にはあの王をどうにかできる人物はいない。ならば――()()()()()。お前が……ミルトンになれ」

「無茶ですって! 大体貴族の息子といったって俺はとっくの昔に追放された身ですよ? 今さら王宮に戻れなんて酷いです!」

「これは……命令だ」


 マリアはきっぱりとそう言い切った。そう言えば、リカールが逆らえないことを知った上での言葉だ。


「それは……ずるいですよ」

「すまん。この戦い……どう転んでも私は死ぬ。そうなればイングレッサは瓦解してしまう」

「だったら尚更生きるべきですよ! 今回の件は部下の勝手な行動ってことにして」

「それが通じるわけがないとお前も分かっているのだろ」


 そのマリアの顔を見て、リカールがずっと頭の中にあったことを言葉にする。


「……団長は最初からこうする気だったんですね。王がああなった時点、全面戦争は避けられない。だからこんな強硬策に打って出た。王達の捕縛に成功すれば、交渉次第では希望はあるし、失敗した場合は――その責を受けて首を差し出すことで……イングレッサに()()()()させるつもりだ。そうすれば、イングレッサ自体は多大な痛手を被るし下手したら歴史から消えるかもしれないが……少なくとも血は流れない」

「さてな……」


 とぼけるマリアの顔を見て、リカールが叫んだ。


「分の悪い賭けすぎますよ! 大体あの王が全面降伏なんて受け入れるわけがない! 徹底抗戦しますよ絶対!」

「だから――お前がそうならないように側につけと言っている。お前があの王をどうにかして……降伏を受け入れさせるんだ。私はそれに失敗した。これはその償いなのだ」

「無責任っすよ! 失敗したって何度もやれば良いじゃないですか! いっそあの王を幽閉してしまいましょう! 団長を新しい君主にして……」

「私にそれが出来れば、とっくにしていた」

「そんなのずるいですよ……」


 リカールの言葉に、マリアは笑顔で頷いた。


「全ては私の怠慢のせいだ。だから、せめて……イングレッサの未来の為に、お前を死なせるわけにはいかん」

「……命令を変える気はないですか」

「ない。だから、さっさと行け。そしてもし私が失敗したら、王を縛ってでも降伏を受け入れさせろ」

「……約束はできません。ですが惚れたよしみで、今回は大人しく従いますよ」

「すまんな。いつもすまん」


 リカールが騎竜にまたがったマリアを見上げた。


「――団長、お世話になりました」

「ああ。達者でな。では、行くぞ皆」


 そうして去っていったマリアの背中を――リカールは見えなくなるまで、見続けていたのだった。



☆☆☆

 


「かはは……相変わらず見事な剣だ。俺の【テュポーン】を全部斬りやがるとはね」


 ヘルトは、目の前で薙ぎ払われた剣閃が飛翔体を全て霧散させたのを見て、笑い声を上げた。


「――【エーテルスラッシュ】か。魔術師泣かせな奴だよほんと」


 それはマリアのみが使える魔術に近い剣技であり、その剣閃はあらゆる魔術式を切断してしまうという。魔術式を斬られてしまった魔術は当然、その形を保てず、魔力に分解されてしまう。


 故に、マリアに対してのあらゆる魔術的な干渉は全て一刀両断されてしまうのだ。


「それに、あれ喰らったら俺でも流石にやばいな」


 当然、ヘルトはいわば生きた魔術式であるため、その効果の例外ではない。もしマリアの【エーテルスラッシュ】をまともに喰らってしまえば――彼も霧散してしまう。


「反則くせえよな。ズルいにも程がある」


 実は、ヘルトは密かにその術式の解析をしていたのだが――それを終える前に死んでしまった。


「さて、つまりこの勝負は、俺がいかにあれを喰らわずに先にあの術式を解くか勝負ってところか。良いね、面白い」


 ヘルトが煙草を咥えたまま笑みを浮かべた。


 この身体になってから、こういうヒリヒリした感覚は久々だった。


「とりあえず、近付かれる前に――って、あーあ、そんな素直に真っ直ぐ突撃してくるかね?」


 ヘルトの視線の先で、マリアを先頭に、騎竜に乗った騎士達が突撃してくる。


「空からの攻撃に警戒しすぎると――()()()()()()()()()?」


 その言葉と同時、ヘルトが予めラグナスの東門付近一帯に仕掛けていた魔術を発動させた。


「っ! 下から魔力反応!?」

「しまっ――」


 騎士達が足下の魔法陣に気付くと同時――地面ごと爆散。


 轟音と共に土煙がもうもうと立ちのぼった。


「新開発した【マジック・マイン】は中々に有効なようだ」


 騎士達がいたはずの地面は大きく抉れており、騎竜や騎士が肉塊となって土と一体化していた。


「ヘルトオオオオオオオ!!」


 その叫びと同時に、不可視の斬撃がヘルトを襲う。


「あっぶな! 今のは油断した!」


 ヘルトが咄嗟に避けるが、斬撃が右腕を掠っただけで右腕が霧散した。辛うじて、ヘルトはその手前で即席の対抗式を組み上げて走らせたおかげで、右腕だけで済んだが、下手したら全身が消えていたかもしれなかった。


「あいつ、ギリギリで地面を斬って、剣圧だけで爆発を防ぎやがったな」


 そこには、両足がぼろぼろになりながらも立つ、マリアの姿があった。その顔も血と土で塗れており、まさに修羅といった雰囲気を纏っていた。


「貴様は……!!」

「軍用術式を喰らった気分はどうだ? その絶望感を、俺とお前らは振りまいていたんだぜ。そりゃあ恨まれるよな」


 ヘルトがそんな軽口を言いながら、マリアと対峙する。


 だが、ヘルトは想像以上に、先ほどの【エーテルスラッシュ】を防ぐ為の術式に魔力を持っていかれていた。彼の魔力残量は活動限界にまで近付いている。


 そしてそれはマリアも同様だった。


「はあ……はあ……。そう……だな! 我々はやりすぎた。そのくせ、あんな王とそしてそれを操るミルトンの存在を許容してしまっていた」

「……俺は政治には興味なかったからな。いけ好かねえ奴だとは思っていたがね」

「無責任な奴だ……お前のせいで……イングレッサは!」

「好きに言ってくれ。俺は、もう違う主君に仕えているんだ。そしてお前は意志を貫いた。ただそれだけだろ」

「……そうだな。正直に言おう。もう立っているのもやっとでな。【エーテルスラッシュ】もあと一回撃てるだけだ」

「そういうこっちもわりとギリギリでな。お前をぶっ倒してイリスの下に戻れる魔力が残るかどうか」

「お互いに、難儀だな」


 マリアがそう言って笑うと――剣を構えた。


「全くだ」


 ヘルトが煙草を捨て、左手をマリアへと向けた。


「では――マリア・アズイール、推して参る」

「ほんと、お前はどこまでも……頑固な奴だ!!」


 マリアが【エーテルスラッシュ】を放ち――ヘルトがそれに対して魔術を発動させた。一度喰らったおかげで、身を以てその術式を分析できた。


 あとは――どちらの魔力がそれを押し切れるかだけだった。


 膨大な魔力同士がぶつかりあう甲高い音が鳴り響き、魔力波同士の干渉によって――魔力による爆発が起きた。


 再び土煙があがり、それが風で飛ばされた。


 ――そこには人影が一つだけ立っていた。


 その人影は小さな火を口元に灯すと、白い煙を吐き出したのだった。



☆☆☆


 ――のちの、歴史書にはこう書かれていた。


 ラグナス近郊で発生した謎の魔力爆発に巻き込まれ、当時、軍部のトップでありラグナス襲撃事件の首謀者であるマリア・アズイール率いるイングレッサ騎士隊は()()


 周辺三国の王達はエルヘイムへと逃亡、首都レフレスにて、イングレッサ王国を犯罪国家として断罪することに同意し、超法規的軍事同盟を結ぶとの共同声明を出した。


 これに対し、イングレッサ王ビョルンは全面戦争を行うと一方的に宣戦布告を行ったが、のちにそれは撤回されることになる。


 イングレッサ王国史における暗黒期の始まりである。


円卓編もそろそろ終わりですね

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― 新着の感想 ―
[一言] こんなに悩む上に死ぬ覚悟までするなら、王様殺して国を解体するか有能な貴族を王に据えれば良かったのにね?
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