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異世界チート主夫と六人の妻  作者: 茅葺
ステラ・クローガーと四人の冒険者
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地下の墓所・その3

(盾を持ってないとみてこっちへ来たか?)


 顔の前で二本の鋼が軋みを上げる。肉を持たないスケルトンは痛みを感じず、切断武器の効果が低い。盾は剣と併用できる有効な鈍器にして防具だが、ぼくのように剣を両手で使う場合、こうして受けに回ると倒すのに手間取ることになる――


「……通常は、ね!」


 剣を捻って対手の刃を逸らし、素早く右足を持ち上げる。騎兵用の全身鎧から流用した金属製のパーツが組み込まれた重いブーツを、スケルトンの脊椎めがけて蹴り込み、えぐるように突き飛ばす。

 鈍器ならこの通り、()()あるのだ。つばぜり合いの最中でもこのくらいできなければ、勇者の名が泣く。

 スケルトンは数m吹っ飛んで上下に分離した。まだ地面でバタバタと腕を振り回している。

 走りこんで剣を踏みつけ、頭をかかとで砕いた。この剣を後列の三人へ向かって投げられでもしたら厄介だ。


 戦いはひとまず集結。前方の通路には扉が一枚。行く手にはもう動くものはない。

 改めて見下ろすと、ぼくと切り結んだ一体だけ、他と様子が違っていた。身体に余計なパーツがなく、所々に生前つけていた鎧の一部が残っている。

 骨は表面の風化が進んでおらず、肉だったものの痕跡がかすかに残っていて、幾分新しいことがうかがえた。


「こいつは……僕らよりずっと前に誰か迷い込んだかな」


「だとすれば、不運な奴だ。そして無謀だな」


 マーガレットがそういいながら、床に落ちた古い剣を拾い上げた。一通り目を走らせると、うなずいてぼくに手渡してくる。


「シワス。見ろ、これを。どう思う?」


 錆と汚れを透かして、薄緑色の光沢が目を射た。


「ふむ……この迷宮を作った人々が使用していた金属と同系統のようだね。さっきのレバー、それにあのプレートと同じだ」


 メリッサが「私にも見せて」と近づいてきた。彼女は剣を受け取ると、注意深くその柄頭や剣身を確かめる。


「この剣の意匠自体は、五百年ほど前の物だわ。ちょっとつじつまが合わないわね」


「ふむ……一応持って帰ろう」


 様々な可能性が考えられる。何者かが比較的近い時代にこの迷宮を発見し、あの金属を持ちかえったかもしれない。

 そうして作り出された剣が誰かの手を経て、あのスケルトンの前身である人物に、といったことは十分にありそうだ。


「ステラを救出したら、調査の範囲を広げてみるか」


 地上に放置してきたワイアームの死体や、ダリル目指して飛んできたと思われる妖精鳩の件も頭に引っかかっている。


 無論、まずはこの先だが――扉をくぐる。振り返ると予期した通り、ジーナの後ろで閉めたはずの扉が消えていた。


「やっぱりな」


 それにしても、この手の罠はいったいどの時点で通路の封鎖を完成させるのか? 最後尾の人間が通った直後だとしても、そのすぐ後に次の一団が扉に手をかけて開いた場合は、こちら側から見たその壁は、いったいどうなる?

 

(好奇心を刺激されるけど、後ろから誰か来るのを待つ時間はない……)


 クレアムに連絡を入れる。通話に出るまでうとうとしていたらしく、彼女はむにゃむにゃした声で返事をした。


――うにゃ……お帰りなさいなのじゃ……あふん、ちがった。これ指輪にゃ……


「大丈夫? 怖くなかったかな。さっそくだけどお願い。レバーを右側二本、降ろしてみて欲しいんだ」


――分かったのじゃ……ほいっと。


 ブゥン……


 低いハム音とともに、目の前の壁に扉が現れた。くぐる。背後になった壁の向こうからオリヴィアの声が響いた。

「シワス! 大丈夫なの!?」


「大丈夫だ、こっちにもドアはある!」


 再び扉を押し開けて皆と合流した。これで全ての一方通行トラップが解除されているのならいいが。


 その先にはしばらく遭遇がなかった。所々に不死生物の残骸が散らばった長い回廊を、自分の揺れる影とともに走り抜ける。ステラの報告通り右へ二回曲がると通路はそこから左に折れて、少し行ったところの左手に扉があった。


 くぐる。扉は消えず、ぼくたちは直進してさらに二回右へ曲がった。


 次のドアはひときわ大きく、青緑色に変色した青銅の表面に、荘重な文様がレリーフされていた。見たことのない様式の装飾だ。

 押し開くとそこはこれまでにない規模の広間だった。あたりの壁には死者の身体を収めているらしい壁龕があり、松明の明かりが作る影の中に、頭蓋骨の丸みと落ちくぼんだ暗い眼窩がいくつも並び、積み重なっていた。


 何より特徴的なのは、広間の中が縦横に仕切られていることだ。腰くらいの高さまでをこれもレリーフのある分厚い石板がふさいでおり、目の高さくらいまでが格子や透かし彫り、あるいはただ丸い穴で向こう側が見えるようにしつらえられている。


「ここが、ステラの言っていた場所か?」


「そのようね」


 確かにこれはたちの悪い仕掛けと思えた。仕切り壁は所々で途切れて迷路を形作り、隙間の大きさによっては向こう側から腕を伸ばして、こちらを攻撃することもできるようになっている。そして、こちらからも接近してくる亡者の姿が見えてしまうというわけだ。


 今のところは、広間にはモンスターらしき影は――()()()()()しか存在しなかった。部屋の隅の暗がりからこちらへ向かって、黒々とした影が三つ、近づいてくる。

 ただし、顔ぶれはなかなかに最悪だ。


 そいつらが歩くごとに徐々に崩れて床に落ち、うっすらと土煙を上げる細かな砂のようなもの。遠目にも赤く輝く長い爪は麻痺性の毒液で濡れている。

 肥満度の高い力士をさらに上から圧しつぶしたような、どこか滑稽でいて威圧感のある悪趣味なフォルム――『屍灰の山(アッシュマウンド)』だ。


 そいつは奇妙なことに正面奥の壁やや左側から、しみ出すように現れたと見えた。そして、その反対側、僕のいる位置から見て左手へ向かって何体ものスケルトンや乾燥した死体(ドライデッド)が歩いていくのが見える。


 どうやら、ステラはここを潜り抜けた先で立ち往生しているにちがいない。恐らくは左手の、不死生物(アンデッド)どもが歩いていく方向ではないかと思えた。


「できるだけ時間をかけたくない。オリビィ、強力な攻撃魔法を用意しておいてくれ。可能なら、数十体まとめて消し飛ばせるくらいのやつ」


「あまり強力なものは、迷宮を崩しかねないけど……そうね。いいものがあるわ」

 オリヴィアが(ロッド)を持ち上げ、しゃらん、と金具を鳴らした。


「『蹂躙する溶岩球(ラーヴァ・グローブ)』か『雷撃衝角(ライトニング・ラム)』を使いましょう」


「いいね。どちらも直進して範囲内の敵を巻き込める」


 長めの詠唱を必要とする呪文だ。その間はオリヴィアを守らなければならない。ぼくはマーガレットと目配せをかわすと、まずは『屍灰の山(アッシュマウンド)』に向かって剣を構え、踏み出した。


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