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異世界チート主夫と六人の妻  作者: 茅葺
ステラ・クローガーと四人の冒険者
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地下の墓所・その2

 皆の視線が集中する。メリッサはそれを受け止め、グッと唇をかむと視線を押し返すように周りを見回した。


「……ええ、私が残るわ。みんなに比べて自分が足手まといなのはわかってるのよ、黒竜王との戦いでも身を守るので精いっぱいだったし。クレアムはシワスと一緒に行って。不死生物(アンデッド)モンスターに対して、炎は一番有効な攻撃だけど、オリヴィアの魔法は無限に放てるわけじゃないから――」


「メリッサ、それは――」


 考え過ぎだ、と言下に切り捨てようとしたものの、唇が凍り付く。彼女はこれまでもつねに一歩身を引いて裏方に徹し、あるいは甘んじてきた。ぼく自身にもそれを良しとするところがなかったか?


「待つのは得意よ。耐えるのもね。だから、心配しないで――」

「考え違いをするな、メリッサ」


 マーガレットがメリッサを遮った。


「考え違いなんかしてないわ」


「いや。冷静に考えればわかるはずだ。この先に待つ状況では、クレアムよりもお前のほうが重要だ――あ、いや、すまんなクレアム。他意はないんだぞ――確かに炎は有効だ。だがクレアムの体力だって無限にもつわけじゃない。その点、お前のハンマーは範囲こそ狭いが熱線で一体を確実に葬れる。それこそ無限に」


「むー」

 クレアムが不満そうにほっぺを膨らませてマーガレットを見上げる。


「そして、ステラたちは五人のうち二人が行動不能だ。わかるな? 奴らを安全に連れ帰るためには、同じ程度の膂力があるとしても、大人の骨格を備えたお前の方が確実なんだ。クレアムでは引きずって歩くのがせいぜいだ――軽々と、だがな」


 そうか。クレアムは竜族の力の片鱗として怪力を発揮できるが、体格はどこまでも八歳児相当のそれだ。


 脳裏に迷宮の石畳の上を引きずられ、床の段差でしたたかに頭をぶつけるスティーブとロブの姿が浮かんだ。生きていてもそれで死ぬ。

 そしてこの世界では残念ながら、死者はそう簡単にはこの世に請け戻せないのだ。


 そしてメリッサの「剛力の篭手」は彼女に巨人並みの膂力を与え、そのパワーはクレアムに匹敵する――ただし、製法の関係でメリッサ専用だ。

 本人の髪の毛と爪のかけらを鋳込んだそれは、呪術的な意味においてメリッサの身体の一部なのだ。


「分かったわ、マーガレット。やっぱりあなたは軍人さんよね。悔しいけどそういうとこ、かなわないなあ……物凄く冷徹に、私たちを『戦力』として評価するのよね』

 

 メリッサの表情から力みが抜け、口元に苦笑いが浮かんだ。


「なに、私にだってできんことはいくらもある……家事とか全然だめだ。みんなで補い合ってシワスとともに暮らす。八年前に私たちはそう決めたではないか。それぞれが最善を尽くせばいいんだ」


 マーガレットが腕を伸ばし、メリッサの手を取った。


「後方へ亡者どもが抜けないよう、守りは任せる。(いくさ)でいえば本陣だ、オリヴィアとジーナを頼むぞ」


 オリヴィアが後ろからメリッサの肩を抱き、ジーナが少し離れた場所で足を一歩踏みかえた。


「私も、守られている分の働きは見せるわ」


「仕事がら汚物には極力触りたくないですが、しんがりはお任せを」


 メリッサは目を伏せてうなずき、短く「ありがとう」とつぶやいた。



「決まりだな。よし、クレアム。ここは任せる。ちょっと寂しいだろうけど、僕らは必ず戻るからな。しっかりお留守番しててくれ」


「お留守番はつまのつとめなのじゃ! がんばる!」


 メリッサの分の伝心の指輪を手渡す。受信だけなら使用済みのぼくの指輪でいいのだが、念のためだ。昨夜はまさかクレアムと別行動になるとは思っていなかった。


「まずは全部のレバーを上に頼む」


 クレアムが指示通りに操作したのを確認して、ぼくたちは再び迷宮の闇の中へ進み出た。



 階段下の広間まで戻る。東側の壁にある二枚のドアを確認したが、その向こうにあったのは北側に似たような広さの部屋が一つと、南側に短い通路が一つ。いかにも不自然だ。


(レバーを操作するとこの奥がドアになる、なんてことはありそうだけど。どうするか……)


 ぼくの逡巡にはもちろん理由がある。回廊の途中、行き止まり付近にあるという小部屋がどのあたりなのか。この先にできるかもしれない通路からたどり着ける保証はないし、もし道が通じているとしても、どちらから行くのが近いかすら、わからないのだ。


「迷ってるみたいだけど、どうするの、シワス?」


 オリヴィアが質問の形で決断を迫ってきた。眉をひそめた表情でわかる。彼女はぼくを励ましたいとき、あるいはたしなめたいときに、必ずそんな表情をする。


――ままよ。


「ステラの通ったルートをたどろう。こっちから新規ルートを探るのはリスクが大きすぎる」


「そうね」「そうだな」


皆が一斉にうなずく。 重い鉄の扉を押し開け、ぼくらは地下墓所の本丸に足を踏み入れた。




 空気の埃っぽさはさらに強くなり、かすかなカビの匂いが漂う。所々にぼんやり光るのは、発光性のコケらしかった。長い年月の間にわずかずつでも、物質の出入りがあるということか。


 『心の灯(エンライトメント)』の持続時間はまだあるが、火炎魔法の触媒として使うため、松明に切りかえて進む。すらりとした足を優雅に動かして進むオリヴィアの歩みにつれて、オレンジ色の明かりが迷宮の壁にふらふらと揺れた――その灯りの届くギリギリのところにわだかまり立ち上がる、人めいた影。


「来たか……!」


 マーガレットが『アースバウンド』を抜き放ち、オリヴィアが『解析(アナライズ)』の呪文を唱えた。


乾燥した死体(ドライデッド)三体! 破片には気を付けて!」


「ああ。黒骨菌(ブラックモールド)の恐ろしさは忘れられん!」


 マーガレットが鎧の襟元から布製のマフラーを引き出して口元を覆った。


 湿度や温度の条件の良い場所では、単純なゾンビが朽ち果てることなく存在し続け、肉だったものが粘り気のあるニカワの塊のようになることがある。これが乾燥した死体(ドライデッド)だ。


 こうなると動きはさらに遅くなり、人にかみついて不死の呪いを伝染させることもなくなる。基本的には、初心者でも倒せる弱いモンスターだ。

 

 しかしただ一つ厄介なのは、まれにこの乾燥した屍肉に、恐ろしい致死性のカビが繁殖することだ。


 場合によっては質量のほとんどがカビに置き換わっていることもある。これをうっかり斬りつけて粉砕し、細かな破片を吸い込んでしまうと大変だ。肺の中で急速に繁殖し、組織の水分を奪って呼気から空中へ排出しはじめる。

 皮膚がしぼみ始めたら長くて三日。粘っこい血膿が肺からのど元まで充満し、もがき苦しんで死ぬことになる。死体は早急に焼却しなければ新たな菌塊の温床となる。


 助かるには、命があるうちに高ランクの神聖呪文で治癒を試みるしかない。


「なるべくぼくが先に殴る! 『渦潮の舌(ヴォルテック・タング)』で斬れば湿るから、破片が飛びにくい!」


 ぎくしゃくと近寄ってくる死体に横殴りに一撃。浄化の霊光と水気(すいき)が同時にほとばしり、死体が腹痛でも起こしたように体を折り曲げた。


 それでも体勢を立て直して掴みかかってくる一体。眼窩の奥にはただ黒い空洞――もう一生分見た気がするのだが、どうやって生者の存在を知覚しているのだろう?


埋葬(バリィ)!」


 盾で受け止め押し出した死体に、マーガレットが聖剣を叩きつけて呪いの力を断ち切る。いい連携だ。


「まだ終わってません、シワス様! 奥から新手がきます!」


 ジーナが叫ぶ。彼女が言う通り、闇の奥からは今斬り伏せたものよりやや細身の影が数体、乾いた音を立てて接近しつつあった。


「スケルトンか……!」


 疲れを知らない黄泉の尖兵。単純な力押しの相手だが、タフネスでは人間をやや上回る。よく見ると彼らは骨格の組み立てがどこか奇妙で、所々に角や余計な手足、尻尾などが見て取れた。


 おそらく、上の階の実験に身を投げうって死んだ志願者(ボランティア)のなれの果てだ。


「前へ出るぞ! メリッサは干物の残骸を焼いてくれ、念のためだ!」


「分かった!」


「葬儀は済ませてあるだろうが、もう一度散骨してくれるッ! 食らえ、アースバウンド!」


 マーガレットの前方に土煙と稲妻がほとばしり、骸骨がバランスを失ってくずおれた。その後方ではメリッサが愛用のハンマーをふるって粉砕された乾燥した死体(ドライデッド)に熱線を見舞う。


 ぼくの前に躍り出た新手のスケルトンが古めかしい形の剣を振り下ろす。それはぼくの顔の前で『渦潮の舌(ヴォルテック・タング)』と噛みあい、火花を散らした。


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