大灯台の迷宮・一日目午前中
昨日のパーティーは、ぼくらより少し遅れてやってきた。徒歩であることを考えれば、かなり迅速に行動しているといっていい。
背負い袋から幾つかの装備品を取り出して、てきぱきとベルトや腰のポーチに収め、武器を確認する。いよいよ出発という段階になると、ダリルが元気よく駆けてきてステラの前に停まった。足元から急ブレーキ音がしそうな動き。
「お祖母様、今日はよろしくお願いします!」
「あ、あの、せめて伯母さんにして」
「はい、ではよろしくお願いします、伯母様!」
元気のいい娘だ。ステラは苦笑いしながら立ち上がると、こちらへ向かって手を振った。
胸をタイトに抑え込む例の白い胴着を身に着け、腿周りのゆったりした草色のボトムに揉み皮の柔らかいブーツ。
膝と肘、肩には弓の扱いを妨げないようにカットされた甲冑のパーツを部分装備した姿だった。得物は狭い場所でも使いやすい半弓と、昨日も腰につけていた小剣。どちらの武器もちょっとした魔法の力を秘めている。
弓には、つがえる動作無しで瞬時に発射できる、エネルギーの矢を放つ能力。
小剣は、細かな傷や刃こぼれを時間経過とともに修復し鋭い切れ味を保つ能力を持つとともに、装備者の知覚力と反応速度を高める神経賦活の魔法を常時発動させている。斥候役にはまたとない代物だ。
一瞬、これでいいのか、とも思う。極端なことを言えば、ぼくら一家が迷宮をさっさと制圧してしまえば済む話――だが、そう単純にはいかない。
かつてぼくらがパーティーとして挑んだダンジョンは、その多くがなにか差し迫った問題や黒竜王の動きに対して、有効な一手を打つための布石となるもので、その攻略にはタイムアタック的な部分があった。
平時の今はそうではない。迷宮はなるべく長いこと、その一帯に遠方からの探索者を引き寄せ、挑戦者にほどよい成功と緊張感をもたらすものでなくてはならない。彼らが活動を続ける限り、地元には金が落ちる。可能ならばその迷宮が、高額で取引される魔法の品や秘宝、金銀等の有価物を吐き出し続けてくれればなおよい。
いまや迷宮は資源なのだ。だからこそ、冒険者に解放される――
「じゃあ、行ってくるね」
ステラは昨晩の煩悶がなかったかのように、自信に満ちた微笑みを浮かべてぼくに告げた。
「……気を付けて。連絡忘れないようにな」
「うん」
迷宮へ向かって徒歩三分ほどの道を歩いていく一行を、ぼくはその姿が林の向こうに消えるまで見送った。
「えーと、グローバー? グローバー兄妹ね、ふむ。カイルとカリンか」
目の前の似通った顔をした男女二人と、手元の用紙を見比べながら、記帳を続ける。ぼくは町役場にいる書記風の出で立ちに身をやつし、迷宮へ出入りする冒険者たちを帳簿に記録する仕事を進めていた。
パーティーのメンバーと出入りの時間を記録しておけば、迷宮内外でのトラブルに的確に対処出来るはずだ。
「君たち、他のメンバーは居ないのかな? さすがに二人じゃ、探索できる場所はほとんどないと思うんだけど」
カイルと名告った兄の方が、髪を短く刈りそろえた頭をかきながら答えた。
「済みません。僕ら駆け出しなもんで、メディムでもロッツェルでも仲間が見つからなくて……しばらく大灯台地上部分の掃除でもしながら、参加できるパーティーを探したいんですが」
「大丈夫ですお兄様! 私は天才です。こんな田舎の遺跡ぐらい――」
「あー、君みたいなタイプが一番危ないんだよねえ。ま、発見者の報告を見る限り、地上部分は大ネズミと、たまに紫ナメクジが出るくらいだから」
「ヒッ!?」
自称天才の少女魔術師、カリンが息をのんで固まった。
「なななナメクジ……!?」
苦手らしい。
「紫ナメクジは粘液に酸とか病毒とか持ってるみたいなんで、剣での対処は避けたほうが無難だよ。切れ味が落ちるし、手入れの時に病気もらう恐れがある。炎の魔法か火矢、松明あたりで焼き払うのが望ましいかな」
「ありがとうございます!」
妹が危なっかしい分、カイルの方はしっかりしたタイプらしい。まあ、このあたりで経験を積んでいればそれなりに強くなるだろう。ぼくだって最初は畑を荒らす体長60cmのイモムシとか、木の上から降ってくるゼリーの塊みたいな生き物を相手にしたものだ。
「お次の方―」
体格のいい男ばかり四人の、むさくるしいパーティーがぼくの前に並ぶ。肩や肘、手先など重点だけを防御するタイプの鎧を身に着け、あとは皮と布の装備。奇妙なことに誰も武器を持っていない。
「我らはウェスト四兄弟。血のつながりはないが共に育ち、願わくば共に死せん」
日に焼けた金髪のリーダー格らしい男が、威圧感のある声でそう宣言した。濃いのが来たものだ。
「あー、そういうのはいいんで、ちゃんと生き残る方向でお願いします。っていうか死ぬときは他所で頼みますよホント。で、職業は? 全員格闘家かなんか?」
「いや、クラウスは騎士だ」
後ろに控えたやや線の細い銀髪の男がそう答えた。
「騎士」
思わずおうむ返しになる。えっと、馬は?
「馬はあっちに繋いである」
視線をさまよわせたぼくを見て、クラウスと呼ばれた金髪の男がそう言った。
「私はデレク。僧侶です」
銀髪の男が名告りを上げる。もう一人、一番若い甘いマスクの黒髪の男が戦士、皮でできた黒い覆面を付けた男が盗賊らしい。
「そっちがケイン、それにジェイクね」
「うむ」
「えっと、あなたたち、武器は?」
「我ら兄弟が学び修めた武術は地上最強。武器など不要だ」
そうですか、がんばってください……この人たちあれだ、たぶんいつか霊体タイプか軟体生物タイプのモンスターに遭遇して詰むね。まあこのあたりでなら滅多にそんなことはないだろうが。
「分かりました、じゃあこれで記帳すみましたので、頑張ってください。専門的な道具で何か足りないものがあったら、そこの女の人達に訊いてみて」
無論、うちの妻たちのことである。薬品と触媒はオリヴィアが、弓やクロスボウの矢、あるいは松明やランプの油と言ったものはメリッサが扱っている。
マーガレットは修道院周辺全域の警備、ジーナは馬車の番。クレアムはぼくの少し後ろでアリの巣を観察していた。
「クロスボウの矢をくれ」
盗賊のジェイクが妙なことを言うのが聞こえた。
「お客さん、クロスボウお持ちじゃないじゃないですか」
メリッサの突っ込みに、盗賊のジェイクが答えた。
「兄貴たちと違って俺は現実主義者でな。勝つためには使えるものは何でも使うんだ」
……投げて使うんだろうか。メリッサが売っているものは確かに、通常よりやや重く、その分射程の短いものではあるが……
そのあとも数組の冒険者を受け付けた。ずいぶん集まってきたものだ。そうこうしているうちに昼前になり、ぼくは礼拝堂入り口の扉に【窓口担当休憩中】の札を掛けて昼食の準備にかかった。
マルコから買っておいた数種類の貝は砂を吐かせて丹念に洗い、殻を取り除いてある。
熱したオリーブ油に潰したニンニクを放り込んで香りが立つ頃合いまで炒め――貝をフライパンに投入しようとしたとき、胸ポケットに放り込んだ指輪に反応があった。
爪に囲まれた粗いカットの石から断続的に光が走り、耳の中にからからと鈴の音が響く。ステラからの連絡だ。
「ぼくだ。ステラか? そっちはどんな様子だ?」
――現在のところ順調よ。今ね、次の階層への階段を見つけて、降りる前に休憩してるとこ。ここまでだと蟷螂蟹はそれほど数が多くないわ。五回遭遇したけど、多くて二匹までね。あとはニューコメンさんの言ってた通り、コウモリとかがいたけど。
「周りの構造やなんかは?」
――まだ一階層めなんだけど、大灯台の地上部分からはかなりの距離を下りたと思うよ。海面の高さまではまだ降りてないはずね。灯台とは別の目的で使われてた場所だと思う。まだ入ってない場所がいくつかあるけど部屋や扉の配置からして、何かの研究施設かな?
壁や柱の造りは石組みがきっちりしてて、整然としてる。蟹が出入りしてるところを見ると、たぶんどっかに海に繋がる抜け穴があるんじゃないかと思うね。
「ふむ。くれぐれも気を付けて探索してくれ」
話しているうちにニンニクの匂いが焦げ臭いものに変わり、ぼくはあきらめてフライパンを一旦かまどから降ろした。
――今のところ、まだめぼしい発見物はなくてね。スティーブが「ここにはまだお宝の匂いがしねえ」って、どんどん先へ進みたがってるのよ。この階層は所々がへこんだ大まかに言えば正方形に近い形で、上からの階段は南西の隅、下への階段はだいたい北東の四分の一の、真ん中から少し南にずれたところにあるわ。ああ、じれったい。こっちで書いた地図をそっちへ送れればいいのに。
もどかしいのは僕も同じだ。報告を聞くだけでなにもできない。
「……スティーブのやつには気を付けろ。リーダーはファグナーだが、どうも彼は品が良すぎて指導力に欠けるところがある気がする」
――うん。実質的にこのパーティーの動機づけの部分を担ってんのはスティーブだね。ダリルはまだ子供だし、ロブは無口すぎてよくわからない。治療呪文の効きは確かなんだけど。
「うん。何かあった場合、あまり深くまで行ってるとこっちから助けに行くにも時間がかかる。とにかく、彼らに無理をさせるな……」
――だねえ……そろそろ行動再開みたい、じゃあ、またあとで――そうそう、ダリルは才能あるわね。いい魔術師になるわ、あの子。
指輪の光がすっと消えた。




