悪魔祓いの少女3
キサラギは、ニヤニヤ笑って言った。
「悪魔祓いかぁ……居たぞ。うん、ボクの知ってるヤツにも何人か居たよ。神の名の下に、何でもやらかすど汚い奴等だ。教会騎士の方がまだマシだな」
「……」
「酒か? 飲んだくれのドワーフらしいな。いいよ。好きなだけくれてやる。でも、弟くんには金輪際近付くな。それが条件だ」
「分かった……」
『印付き』には興味ない。ディに近付くなというキサラギの要求を受け入れ、ゾイは頷いた。
「ほれっ」
キサラギが酒の入ったスキットルを投げ渡して来るが、ゾイは手を滑らせ、スキットルを落としてしまう。
「…………」
ゾイは小さく溜め息を吐き、身を屈めてスキットルを手にした所で……がくん、と地面に膝を着いた。力が抜けてしまったのだ。
「……?」
ゾイはスキットルを拾い上げようと手に取るが……力が抜けて上手く行かない。何度も砂の地面にスキットルを落としてしまう。
キサラギは、悪魔のように嘲笑った。
「あはは、そのスキットルは『鉄』なんだよ。しみったれた女神様は、何より『鉄』が嫌いなんだ。覚えときなよ」
「……」
「ほれっ」
と、キサラギが今度は別のスキットルを投げ渡して来て、ゾイはそれを問題なく受け止めた。
「……?」
「そいつは魔法銀さ。結構な値打ちもんなんだぜ? でも、君にくれてやる。分かってるだろうな……?」
「……分かってる」
絶対に、ディには近付くなという意味だ。
そこで、キサラギは思い出したように手を打った。
「そうそう。あの羊人の修道女もついでに引き離しておいてくれ」
「……何故?」
グレタとカレンの事だ。
ゾイの短い問いに、キサラギは腰に手を当て、小さく鼻を鳴らした。
「君の知った事かって言いたいけど……まぁ、教えてやる。彼に考えがあるんだ。ボクも受け入れた」
薄暗い天幕の中で、キサラギは少し気が立っているように見えた。
「本当は、こんな事はしたくない。でも、彼は、ボクと傭兵団を選択したんだ。弟くんには本当に申し訳なく思う」
「……?」
キサラギの言う『彼』が『白蛇』であるという事は分かるが、訳が分からない。
「羊人は優しいからな。優し過ぎるのが問題なんだ。あの二人に関しては十日間だけでいい。弟くんから遠ざけろ」
「分かった……」
ゾイが頷いたのを見て、キサラギは強く鼻を鳴らした。
「君は、とことんドワーフだな。真面目で寡黙なアル中予備軍。頭は悪くないけど、酒に溺れる悪い癖がある」
ゾイは典型的なドワーフだ。自分でも理解している。否定はしない。
「行けよ。あの妖精族の修道女に付いていてやるんだな。大変な事になる」
「……?」
キサラギは、あのシュナイダーに負けず劣らずの性格の悪さだ。
そう思うゾイの内心を見抜いたのか、キサラギはシュナイダーに関してはこう言った。
「ボクは狼人が嫌いなんだ。あの狼人が出て行ってくれて、本当に良かった」
優生思想の狼人を好む種族は少ない。ゾイは意外な事だとは思わなかった。
◇◇
妖精族の血を引くルシール・フェアバンクスの身体は、その半分が星辰体だ。精神状態が健康状態に強い影響を与える。
暗夜を失ったルシールの容態は深刻だった。高熱を出し、意識を失って目を覚まさない。治療にはポリーらが当たっているが、その成果は芳しくない。昏睡状態が続いている。このままでは命の危険があるそうだ。
グレタとカレンに関して、ゾイは、思いの外、手を焼く羽目になった。
羊人は心優しく穏やかな性質をしているが、その反面でドワーフに負けない頑固さを持っている。
「ゾイさんがそう言っても、大神官さまを一人には出来ませんっ!」
『恐怖』というものを徹底して教えたつもりだったが、姉妹は譲らず、ゾイは改めて姉妹に『恐怖』を教える事になった。
どのようなものであれ、約束は約束だ。キサラギとの間に、十日間は姉妹を近付けないという約束がある。
ゾイは人気のない天幕で、徹底的に姉妹を痛め付けて再度の教育を行った。だが……
「好きなだけ殴りなさいっ! でも大神官さまは――」
「うるさい」
姉妹は頑として譲らない。ゾイは姉妹を縛り付けて拘束せねばならなかった。
それから七日後、アシタがディを拐って『夜の傭兵団』から離脱した。
あの半端者が何を考えたのかは分からない。だが、『大神官』の身柄を連れ去る以上、覚悟あっての事だろう。
七日の拘束を経て、グレタとカレンは強情になり、ゾイを痛烈に罵倒した。
「……ゾイさん、貴女は非道です。寄る辺ない子供でしかない大神官さまを追い詰めました。あの方は、暗夜とかいう得体の知れない男とは違います。まだ誰かの庇護が必要な方なんですよ……!」
「そう……」
その精神は鋼鉄製にして不惑。ゾイは何とも思わない。
スキットルの中身をちびちびと飲りながらゾイは考える。
この状況を作った白蛇の思惑はなんだ。あの半端者のアシタが大神官の誘拐という暴挙に出た。並ならぬ覚悟あっての事だろうが……それが意図する所が分からない。
約束の期限を三日残していたが、キサラギからグレタとカレンの拘束を解いてよいとのお達しがあった。
グレタとカレンは荷物を纏め、他の修道女たちの制止を振り切って、アシタを追う形で一足先にザールランドに戻った。
その翌日、何とか持ち直したルシールが久し振りに天幕から出て来た。
「せ、先生……?」
その変わり果てた風貌にショックを受け、ゾイは絶句した。
ルシール・フェアバンクスは、見る影もなく老いていた。
艶やかな黒髪は老婆のように真っ白になり、美しかった容貌も老いて深い皺が目立つ。ただ、その瞳だけが色を失わず、ぎらぎらと怪しい光を放っている。
弱り果てた身体はまともに立つ事も叶わず、ポリーらに支えられて漸く立っているというような有り様だ。死にかけていると言っても通用しただろう。
ルシールは弱々しく咳き込んだ。
「……ゾイ、心配を掛けました……大神官さまは……」
暗夜の死がルシールに与えた影響は大きい。大き過ぎる。たったの七日間で、ルシール・フェアバンクスはみすぼらしく老いさらばえていた。
とてもでないが、見て居られない。ゾイはその場に膝を着き、現状の報告を行った。
「……そうですか。大神官さまは、先にお帰りに……」
そこでまたルシールは咳き込み、その背中をポリーらが心配そうに擦っていた。
白蛇率いる『夜の傭兵団』は、思いの外、親切だった。
弱り果てたルシールを気遣って十日間の時間を掛け、ゆっくりと行軍する形でザールランドまで送ってくれた。
そして――
ゾイを含めたルシールらは、パルマに戻る事は出来なかった。
ディートハルト・ベッカー……『暗夜』が残した『破門』の宣告は、女王蜂アビーの知る所であり、その逆鱗に触れたゾイとルシールらのパルマ入りは固く拒絶された。
グレタとカレンは戻って来なかった。
新しく大神官になった『印付き』のディが特例として破門を解き、アシタと共に王宮でディに仕える事になった。
まったく、ふざけている。
パルマ入りを許されなかったルシールらは、聖エルナ教会に戻る事こそ許されたものの、ザールランド所属からは外れる事になった。
国内の殆どの教会が、第一階梯の神官であるディを戴く帝国に帰順している。破門宣告を受けたゾイやルシールらは、ディに会う事はおろか、帝国の支援を受ける事も出来ない。サクソンにある本神殿の教皇を頼るしかないが、あまりに距離がある。帝国での支援は期待出来ない。
早急に死の砂漠を抜け、トリスタン……何処でもいいが……別の寺院に身を寄せる必要がある。だが、弱り果てたルシールを抱えての旅は無謀でしかない。ルシールだけでなく、他の修道女たちも死の砂漠を超えられる程の体力はない。
これは、約束された破滅だった。
アスクラピアは、ゾイとルシールらに破滅を賜ったのだ。
「…………」
寡黙なドワーフの少女は酒を飲みながら考える。
暗夜は、情け深さ故に破滅した。人として死んだ。
特に思い煩う必要はない。
神は、愛を代償としてゾイに悪魔祓いとしての力を与え、そして愛なき故に未来を奪った。
暗夜とは破滅の先で会う事になるだろう。思い煩う必要は何処にもない。寧ろ、その時を待ち遠しく思う。
全ては、神の思し召しというやつだ。
「……」
飲み下した酒が喉を焼く。飲むほどに渇く。心が渇いて行く。
ゾイの瞳からは、愛と情熱の光が消えていた。
◇◇
最早、愛しもせず、迷いもしない者は埋葬されるといいだろう。
《アスクラピア》の言葉より。
◇◇
――六年後。
一人の少女が、三百年振りに聖エルナ教会に帰還した。
銀色の髪。紫の瞳には聖痕が刻まれている。かつて、その少女は『聖女』と呼ばれていた。作り物ではない。今はもう誰もが忘れかけている歴史上の聖人の一人。
少女は自らの名をこう告げた。
「第三使徒、エルナです。今、帰りました」
そして――
アスクラピアの戯れる指先が、再び運命を回す。
ゾイ編終了。




