不肖の弟子3
『修道士』のクラスを得て、オレは以前より、ずっと強くなった。『棒術』『槍術』『格闘技』に適性があり、行を積めば『法力』を修得できる。
でも……同時に出来なくなった事もある。
オレは『鉄』を装備できなくなった。鉄製の武器や防具を身に着けると、何故か力が抜けてしまう。師匠の信仰するアスクラピアの影響なのは間違いない。
『修道士』は上級クラスだ。
戦闘面に関して言えば文句はない。『護衛』としての任に耐えられる。気配察知や危険察知の力も上がった。今はまだ使えないけど、法力を修得すれば師匠の『雷鳴』に似た力が使えるようになる。極めれば眼力だけで対象を金縛りにしたり、畏怖させたり、気絶させたり出来るようになる。
でも、『罠解除』は駄目だ。
やれない事もないけど、以前のような『冴え』を感じない。薄皮一枚を隔てたような違和感がある。伸び代みたいなものも感じない。
「……ジナ、組手しようぜ……」
「いいよ」
以前は苦手だった『格闘技』だけど、問題なくこなせる。流石に『格闘家』のジナと互角って訳にはいかないけど、組手を繰り返す事で、ぐんぐん上達している。『棒』を持てばジナとも互角以上に立ち合える。いずれ素手でも互角にやり合える。
……『クラス』が変わって、違和感がある……
今は、この『修道士』ってクラスに慣れるのに必死だ。
ジナと向かい合い、互いに一礼した後は、ゆったりとした『型』から入り、次第に距離を詰め、その速度をあげて行く。最初は寸止め。速度が乗ってからは本気で打ち合う。ここで失敗すると、ぶっ飛ばされる。
修道士は上級クラスだけあって確かに強い。でも、ケチ臭いアスクラピアの加護らしく『代償』があるのは頂けない。鉄製の装備が出来なくなった事もそうだけど、『盗賊』としての力にはまるで伸び代を感じなくなった。
まぁ……師匠みたいに『戒律』がないだけマシか……
そんな事を考えていると、ジナに思い切りぶん殴られた。
「――ぐっ!」
以前なら、これでやられていただろうけど、すぐ持ち直して組手を続行する。この『耐久力』も修道士になって身に付けたものの一つだ。
そうして暫く汗を流している内に……ピリッと背筋に痺れるような感覚があった。
「ジナ、ここまでだ。師匠が目を覚ました」
「うん? 分かるの?」
ジナは不思議そうに首を傾げ、ぴたりと手を止めた。
血の祝福は伊達じゃない。
オレと師匠の間には、師弟の『絆』がある。師匠の『状態』や『居場所』は分かる。
『妬むな。憎むな。常に慈悲深く情け深くあれ。人は知ることが早く、行うことの遅い生き物だ』
師匠の言葉。
『犯した過ちが去る事はないだろう。だが、崇高な意志と努力とが、お前を正道に引き戻す』
オレがこうして行を積む内は、決して途切れる事のない絆だ。クズのオレだけど、この絆を感じている間は頑張れる。
◇◇
邸の中に戻り、階段を駆け上がって師匠の部屋を目指す。
師匠の部屋に辿り着くと、部屋の中からスイとかいう半蜥蜴のガキが出て来る所だった。
「……」
半蜥蜴のガキは、やって来たオレを見て嫌そうに視線を伏せ、素早く通り抜けようとしたけど、目の前の壁を蹴るようにして足で止める。
「おい、コラ。テメー、アビーのネズミだな……?」
「……」
半蜥蜴のガキは、眉間に嫌悪の皺を寄せて喋らない。
「今は見逃してやってるけどよ……あんま、師匠の回りチョロチョロすんな」
「……」
「それと、アビーに言っとけ。師匠は、まだ十歳だぞ。下世話な事すんじゃねえよって」
時折、師匠からは伽羅に混じって強いアビーの匂いがする。
……気に入らない。
師匠はただの十歳じゃないし、そういう『気持ち』になるのは分かる。でも、師匠から漂う女狐の匂いはどうしても好きになれない。師匠の行動を逐一報告している半蜥蜴のガキも気に入らない。
「……」
壁に張り付き、怯えて視線を合わせない半蜥蜴のガキを、ジナが顔をくっ付けるようにしてじろじろ見つめている。以前なら、もう殴っていただろう。
「やめとけ、ジナ」
生まれ変わったとか言われるオレだけど、今も昔も変わらないもんがある。
……オレは……アビーにだけはナメられたくねえ……
「分かったら行け、半蜥蜴」
「……」
半蜥蜴が泣きそうな顔で逃げ出したのを見て、ジナが強く鼻を鳴らした。
「師匠は、あんな半蜥蜴の何処が良くて一緒に寝るんだろうな?」
「ホント」
まったくだと相槌を打つジナと二人で、師匠の部屋に入った。
◇◇
扉を抜け、書斎替わりに使っている前室に入った所で一気に神気が強くなったのを感じて、口に人差し指を当ててジナに沈黙を促す。
「……」
神気を感じる事が出来ないジナだけど、神気を纏った師匠からは『圧し付けられる』ような感じがするそうだ。半蜥蜴が部屋から出て来たのと無関係じゃないだろう。
沈黙を促すオレを見て、ジナが小さく頷く。
寝室に続く扉の中を、そっと覗き込むと、師匠は寝巻き姿のままベッドの上で胡座をかいて瞑想中だった。
うっすら目は開いてるけど、意識は何処かに飛んで行っちまってる。師匠は深い瞑想状態だ。
……凄い神気だ。
半蜥蜴が逃げ出すのも無理はない。室内に息苦しくなるほどの神気が溢れている。
恐ろしい事だけど、師匠はまだ発展途上だ。未だ成長の途上にある。
「……」
神気を纏う師匠は人間離れしていて、その姿は神々しくすらある。でも、その反面でオレは不安にもなる。
……神って、なんだ?
師匠は考えるだけ無駄だって言うけど、オレは不安で仕方がない。
『神』とかいうヤツは化物だ。
強い神気を纏う師匠を見る度にそう思う。そして、アスクラピアはケチ臭い神だ。きっと、師匠を欲しがっているだろう。
「…………」
師匠は深い瞑想状態で、寝室に入ったオレとジナの存在に気付かない。近寄り難いけど、実際の師匠は恐ろしく無防備だ。
そろそろと近付いたジナが、無遠慮に首筋や身体の匂いを嗅いでも師匠は反応しない。
やっぱり、師匠の意識は遥か彼方にある。
――神に逢ってる。
師匠は徳のあるお人だ。特別なお方だ。神に近すぎる。修道士になった今だから分かる。師匠はいずれ……
オレは静かに問い掛ける。
「……師匠、あの半蜥蜴やアビーの事をどう思ってんだ? なんで、あんな奴等と一緒に居るんだ?」
瞑想中の師匠は無防備だ。本人の意思とは関係なく、何だって答える。この時もそうで、師匠は勿論答えてくれた。
「……誰とでも一緒に居る事は望まない。したがって誰にでも尽くすという訳ではない……よく弁えている者は友を尊重する事を知るだろうし、敵を憎んだり迫害したりもしない。寧ろ相手を知る事で大きな利益を得る。それによって得る利益は計り知れない……」
「……っ」
訳が分かんねえ!
答えてくれるのはいいけど、オレには難解過ぎる。分かんねえ答えは答えてないのと同じだ。
今の師匠は理解できない存在だ。寺院や教会が神官を持ち上げる理由が分かる。特に第一階梯の神官は特別だ。特別過ぎる。教会騎士や修道女が、この状態の師匠を知れば、きっと拝み出すだろう。
まぁ……近寄せねえけど。
でも、オレも負けてばかりいられねえ。訳が分かんねえもんには、訳が分かんねえもんをぶつけるべきだ。
「師匠……あんたは、これからどうなるんだ……?」
「……」
この問いに、師匠は珍しく口籠った。少し考え込むようにも見えて……一拍の沈黙の後で、やはり答える。
「全てを答える訳には行かない。雪が溶ける頃になれば、答えはひとりでに見付かる。今は語っても無駄だ。薔薇ならば、いつか花咲くだろう」
「へぇ……」
これはオレにも少し理解できた。
師匠にも分からない事があって、その『答え』を知る為には時間が必要だって意味だ。
面白い。
教会騎士や修道女が神官との問答を好む訳が分かる。それとも……オレが修道士なんてもんになっちまったからだろうか。
そして……
オレは、師匠とのこの問答を忘れられないようになる。もっと真面目に聞いておくんだったって後悔する事になる。
師匠……もっと……もっともっと、あんたと話しておくんだったよ……。




