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アスクラピアの子  作者: ピジョン
第三部 少年期『聖女』編

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130 資金調達

 ルシールの居室から回収されたのは、金貨で五十枚程と宝石や貴金属の類いだ。


 今のパルマは物資が払底している。最も高価なのは食料品だ。宝石や貴金属は売りに出しても買い叩かれるだろうが、それでも幾らかにはなる。


 ゾイに命じて、俺は宣言通りルシールの財産を全て徴収した。


「ああ、ディート。お願いします。お願いですから、やめて下さい……!」


 等と涙目で縋るルシールの言葉に免じ、俺はポケットから取り出した深紅のルビーが輝く指輪を一つ、指で弾くようにして投げ渡した。


 その俺の行動が意外だったのか、指輪を受け取ったルシールは、ぱっと目を輝かせた。


「あ、ありがとうございます……!」


 さて、そいつはどうだろう。

 ルシールに投げ渡した指輪は、吸血鬼女王ヴァンパイア・クイーンのドロップした死の婚約指輪(デス・エンゲージ)だ。装飾品としては価値ある品だが呪われている。


 俺としては、いつもの笑えない冗談を飛ばしたつもりだが、ルシールは大喜びだ。


「ディートが、私に『指輪』を下さった!」


「むっ……」


 と眉を寄せたゾイの耳には小さく耳打ちしておいた。


「……あれは呪われている……」


「うふふ、そうなんだ」


 ゾイが怖い『ゾイさん』になっては困る。瞬く間に機嫌を直したゾイは、何も知らずに喜ぶルシールの様子に笑みを浮かべた。

 俺は言った。


「ルシール、一応、言っておくが、その指輪は呪われている。決して指に嵌めるなよ」


「いいんです! いいんです! 光っていれば何だっていいんです!」


「……そうか」


 理性的な修道女シスタであるルシールをして、種族特性から逃れる事は難しいようだ。


 大喜びで呪われた指輪に頬擦りするルシールの様子に、エヴァは微妙な笑みを浮かべている。


「……まぁ、姐さんも妖精族だからねぇ……」


「…………」


 そこで、俺は一つの疑問が浮かんだ。


 それはルシールの『風貌』についての事だ。


 アシタのヤツがルシールを『おばちゃん』と呼んでいたのに対し、エヴァは『姐さん』と呼んでいる。


 毎日、顔を合わせている俺は気付かなかったが、出会った頃と比べ、ルシールの風貌が幾分若返っているように見えるのは気のせいだろうか……


 思い出したのは、アシタの言葉だ。


 ――あっと驚くような事があるかも知れねえ。見た目だけで判断しない方がいい――


 いつか怒っていたゾイの言葉。


 ――ディがやったんだ。知らないから――


 あの時は意味が分からなかった。だが、今は……


「……なあ、エヴァ。ルシールは何歳ぐらいに見える……?」


 エヴァは至って真面目に言った。


「二十四、五歳ぐらいだろ。違うのかい?」


「……」


 ――悪戯好き。


 このルシールの変化がそうだとしたら、どういう種類の悪戯なのだ。理解に苦しむ。だが、確実にルシールは若返っている(・・・・・)


「……訳が分からないな……」


 俺は酷い頭痛がして、眉間を揉み解した。ゾイに尋ねてもよかったが、それをすると、とっても怖い『ゾイさん』になるような気がする。

 俺は首を振った。

 考えても分からない事は分からない。謎はもう、満腹になるほど抱えている。ルシールの変化に関しては考えない事にした。


「……ところで、エヴァ。お前、賽子さいころは振れるか?」


 その問いに、エヴァは苛立ったように吐き捨てた。


「あん? 賽子ぐらい誰でも振れるだろ。馬鹿にすんな」


「違う。イカサマ出来るかと言っているんだ」


「ああ……そういう……出来る訳がないだろ。あたしは賭け事は嫌いなんだ」


「……」


 俺は頭を抱えた。

 そう。このエヴァは、思いの外真面目なのだ。そもそも、こいつは頭がいい。生まれが違えば、こんな所でヤクザな生き方はしていないだろう。


 賭場を開くには、まだ軍資金が足らない。そして、この真面目なエヴァに変わって賽子を振るコロ師も探さねばならない。


 手先が器用な種族と言えば、猫人ワーキャットかドワーフだが、エヴァとの因縁を抱えるゾイが手を貸してくれるとは思えない。仮にイカサマ出来たとしても、俺がやらせたくない。エヴァにしても、今からイカサマを身に付けるのは無理がある。


「……しょうがない。高く付きそうだが、援軍を呼ぶか……」


 二の手、三の手がなければ、それは考えがあるとは言えない。


 ヤクザに負けないぐらいのワルで、手先が器用なヤツの知り合いが一人だけいる。金も足りない。


 それならば……


◇◇


 さて、天然痘が終息に向かいつつあるこのパルマでは、現在、人口の逆流入が始まっている。


 エヴァには賭場運営の為の人員の確保を頼み、俺は改めて、ゾイ、フランキー、ジナの三人を護衛に連れて近くの長屋に向かった。


 その長屋の扉の前で、俺は十歳の子供らしく叫んだ。


「遠造くーん、あーそーぼー」


 アクアディの街で天然痘が流行し、俺がその解決の糸口としてワクチンを製造したと報を送った時、真っ先に下水道を辿ってこのパルマに逃げ込んだのが遠造だ。


 遠造としては、新たに作ったクランのメンバーや、愛人である三人のメイドたちを疫病なんぞでやられては堪らない。それが遠造に素早いパルマ入りを決断させた。


 クランメンバーも含めて、既に全員がワクチンを接種済みだが、予後経過の観察も兼ねて、まだパルマに滞在している。


 扉を開け、出て来た遠造は半裸の格好にナイトローブを纏った格好で仏頂面だった。


先生ドク、その呼び出し方は止めてくれって言ったよな?」


「現れたな、このごろつきめ」


 俺が笑って小さい拳を突き出すと、遠造は呆れたように肩を竦めて拳を合わせる。

 俺はのっけから言った。


「所で、遠造。金を貸してくれ」


「……そいつはご挨拶だな……」


「俺とお前の仲だろう。金貨で三百枚ぐらいでいいんだ」


 遠造にはタダでワクチンを提供してやった。そして、タダより怖いものはない。

 勿論、それを知らない遠造くんじゃない。たちまち、遠造は顰めっ面になった。


「……そんなに持って来てねえ。出して百だな。今度は何をすんだよ……」


「賭場を開こうかと思ってな。どうせ暇だろう。小遣い稼ぎに、お前もどうだ?」


「へえ……」


 そこで遠造は口元に悪そうな笑みを浮かべ、改めて俺を見た。


「そりゃ面白そうだ。俺も混ぜてくれるのかよ」


「遊びは大勢でやるもんだ」


 そして、危なければ危ない程、遊びは楽しい。


「違いない」


 遠造は、くつくつと肩を揺らして笑っている。


「賽子は振れるか?」


「当然だな。久し振りに腕が鳴るぜ……!」


 頼もしい遠造の言葉に気を良くした俺だったが、まだ軍資金が足らない。


「おいしい話だ。他に混ざりたいヤツは居ないか?」


「マリエールはどうだ? あいつは貯め込んでるからな。先生ドクなら、二、三百は引っ張れるだろ」


「ふむ、当たってみる。準備が出来次第、連絡する」


「おうっ」


 話が早いのが、この遠造のいい所だ。俺は、また遠造と拳を合わせ、その場を後にした。


◇◇


 さて、早急にパルマ入りした遠造とほぼ同時期にパルマ入りしたのが魔術師のマリエールだ。


 マリエールの場合、疫病云々以前の問題として、癌治療がある。手っ取り早く『テレポート』でやって来た。


 唐突に現れたマリエールだが、貧乏長屋での生活を嫌い、アクアディの街に近い河川沿いにある宿屋に滞在している。パルマでは一番マシな宿屋だ。


 ちなみにアレックスとアネットはまだ来ていない。マリエールの思考と性格には問題がある。パルマ入りを早々に決めたのはいいが、二人に相談なく、独断でパルマ入りした。

 マリエール曰く、


「それは自分で考えること」


 だそうだが、黙って置き去りにされたアレックスとアネットは、きっと怒り狂っているだろう。


 そのマリエールが滞在する宿屋だが、俺たちが到着した瞬間、懐かしい筋肉ダルマの怒鳴り声がした。


 がしゃんと宿屋の窓ガラスが吹き飛び、そこから飛び出したマリエールが宙に浮いている。


「逃げんじゃねえ! こっちに来やがれ! このクソ女!!」


「ぶっ殺してやるぅうぅう!!」


 続いて窓から顔を出したのは、汚れに汚れたアネットだ。下水道では相当な苦労を強いられたのだろう。アレックスもアネットも怒り心頭というありさまだ。


 無理もない。マリエールのテレポートに同行すれば、なんの苦労もなくパルマ入り出来たのだ。


 だが、二人共、無事で何よりだ。


 俺は大いに笑った。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 指◯物語やん
[一言] 仲間意識の高低にじわる。 読者はマリエールタイプだけに気をつけよっと。
[良い点] 久しぶりの遠造の登場だー!!
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