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アスクラピアの子  作者: ピジョン
第三部 少年期『聖女』編

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122 命の選別2

 ベックマン。


 ブラームス。


 ギュンター。


 アビーの説明では、パルマの街に於いて、デカいスラムヤクザの集団の頭目はこの三人だそうだ。

 どいつからやってもいいが……


「ふむ……何処が一番気に入らん」


 その俺の問いには、アビーとフランキーが口を揃えて答えた。


「「ブラームス・ファミリー」」


 アビーとフランキーは、お互いを苦虫を噛み潰したような顔で見つめ、次に顰めっ面になった。

 アビーは、小さく溜め息を吐き出した。


「とんでもないクソ野郎共の集団さ……」


 その後の説明では、このパルマに巣食うスラムヤクザの集団で、規模が一番デカいのが、ブラームス率いる『ブラームス・ファミリー』のようだ。


「では、そこから叩き潰す事にしよう」


 ブラームス・ファミリーの構成員は凡そ五十人。規模こそ一番デカいが『ベックマン』と『ギュンター』の二つの組織とは三竦みの関係にある。


 主なシノギは『人身売買』。下水道に流れて行ってしまうぐらい大勢いるガキ共をかどわかし、奴隷商に売り払っているそうだ。


「……そうか。遠慮はいらんな……」


 『人身売買』はベックマンもギュンターも手を染めている安いシノギだが、中でもブラームス・ファミリーのそれは一番規模が大きいものらしい。


 この『ブラームス』を、アビーとフランキーの二人が一番気に入らないと答えた理由は聞くまでもない。

 アビーは言った。


「ブラームスには借りがある。あいつには、何人も仲間を拐われた」


「オレもだ」


 顰めっ面で同意するフランキーに、アビーはこう突っ込んだ。


「テメーは、自分が売ったんだろ。嘘つくんじゃねえよ」


「す、好きで売ったんじゃねえ!」


 鋭く睨み付けるフランキーを、アビーは鼻で嘲笑った。


「どうだかな」


 フランキーには強い反骨の相がある。低い声で言った。


「アビー……あんま、調子に乗んなよ……」


 このやり取りに、俺は首を振った。


「もういい。黙れ、二人共」


 世界が変わっても、子供が悪党の食い物になるのは変わらないようだ。

 俺は、うんざりして首を振った。


「露払いは俺とフランキーがする。アビー、お前はブラームスをやれ。絶対に逃がすな」


「……っ」


 そこで、アビーはたじろいだように押し黙る。


 『ブラームス』は、このパルマに巣食うスラムヤクザの中では一番規模がデカい組織の親玉だ。当然だが、それなりに腕が立つ。取り巻きには冒険者崩れの腕利きも居れば用心棒のような殺し屋も居る。未だガキのアビーには、例え一対一でも荷が重い相手だ。


「大丈夫だ。俺が手足を千切って連れて来てやる。だが、とどめだけは、アビー。お前が刺せ」


 このパルマの頂点に立つ以上、それだけは、アビーの仕事だ。アビーがやる必要がある。


 俺は、アビーに人殺しをしろと言っている。気分は最悪だった。


◇◇


 アビーの本拠地である長屋を出て、とりあえず俺は百体ほど剣闘士グラディエーターを召喚した。


 元を辿れば白蛇のオリジナルだったこの剣闘士だが、今の俺なら幾らでも召喚できる。



 ……アルフリードが睨んでいるぞ……



 ふと、脳裏に白蛇の警告の言葉が浮かび、俺は鼻を鳴らした。


 聖闘士セイントの振るう錫杖では生温い。奴らの非道を裁くのは『剣』であるべきだ。


 そもそも剣闘士は優秀な兵種だ。剣と盾を持つこいつらは、攻撃、防御共に兼ね備えており、粘り強い。これを使わない手はない。


 突如、出現した『部隊』に、アビーとフランキーが息を飲む。


「これが……高位神官……」


「行くぞ」


 周囲を剣闘士の部隊で固め、地獄のパルマを行く。


 破壊のあと創造があるように、救済は後だ。先ずはゴミを優先して始末する。


 道端に転がる死体と呻き声を上げ、横たわる重篤な天然痘患者を躱して地獄のパルマを行く。


 パルマに入り、ワクチンを作成していた一週間は動かずに居たが、その間に更に多くの死者が出た。遺体は腐敗して蝿が集っている。


 現在のパルマは、どの路地、どの街角にも蝿が集る遺体が転がっている。その光景は想像を超えていたのだろう。アビーもフランキーも、ずっと眉間に皺を寄せて険しい表情をしている。


 この全ての死人が天然痘による犠牲者だ。劣悪な環境のスラム街での死亡率は、通常の死亡率を遥かに上回る。


 まだ僅かに息がある者も居るようだが、それらの者も死体の仲間入りするのは時間の問題だ。


 あまりに症状が進行すると、俺の術ですら間に合わないのは確認済みだ。


 正に『弾け鳴る死』。


◇◇


 赤い花の咲く木。春の花が咲き乱れる街。その街角に立つ寂しく古い家。


 静かな庭で、母がお前の体を揺する。


 ……もう久しく前から、家も庭もなくなっている……


 いまは草原に道が通じ、風が吹き抜けて行くのみ。


 そこにはもう、お前の故郷も家も何もない。


 母が見せる夢のほか、何も残っていない……


《送別の祝詞》


◇◇


 これで僅かに息を残した者も速やかに去る。送別の祝詞は死を間近に控えた者にしか効果がない。


「全ては泡沫うたかたの夢だ。せめて安らかに永眠ねむれ」


 微かに耳を打つ呻き声が消え去り、死体がまた増える。


 後に残るは静寂のみだ。


 聖印を切り、死体から目を逸らす俺に、フランキーがおどおどと話し掛けて来る。


「な、なぁ、師匠。オレたちは、もうこの病気にはならねえんだよな……」


「多分な。もし罹っても死ぬ事はない。症状はごく軽いもので済む」


「そ、そうかよ……」


 パルマの街の人口は既に千を切り、未だ減少傾向にある。

 だが、更に殺す。

 今頃はアクアディの街でも感染爆発パンデミックが始まっているだろう。


 アレックス、アネット、マリエール、遠造……


 警告はしてある。今は、この地獄パルマを行く。


 凡人の俺は、優秀な騎士であるロビンとは違う。『戦況把握』のスキルもなければ、並列思考できるような天才でもない。


 召喚兵は便利だが、俺自体はただの人間だ。自動命令も出来るが、『戦況把握』を出来ない俺がロビンの真似をすれば、それは無差別殺戮になる可能性がある。


「……なぁ、師匠。あんた、階梯は……」


「やかましい。黙っていろ」


 目に見える範囲ならいいが、俺にとって、百体を超える召喚兵の指揮は困難を極める。


 陣形を密集隊形ダイヤモンドに組み、俺たち三人を中心に進む。

 フランキーが、ぽつりと言った。


「あんた……死神みてえだな……」


 そのフランキーの言葉は、意外な鋭さを持って俺に突き刺さった。


「……そうだな。そうかも知れない……」


 やがて『ブラームス・ファミリー』のねぐらが見えて来た。


 この荒廃したスラム街の中にあり、一際デカい煉瓦造りの建物がそれのようだ。


「行け、フランキー。中の様子を見て来い」


「え、ひ、一人でか……?」


「ああ、運が良ければ死なずに済むだろう」


「……」


 正に死神のような俺とブラームスファミリーのアジトとを見比べるフランキーの額に脂汗が浮かぶ。


「じょ、冗談だろ? オレに死ねって言ってんのか?」


「ああ」


 あくまでも想像だが、俺の予想が当たれば、フランキーが死ぬような事はないだろう。本人に自覚があるかどうかは分からないが、恐らく『悪運』に相当するスキルを持っている。

 俺は嘲笑う。


「行け。お前の『悪運』を見てみたい」


 あの『下水道』で、鼠の餌になる前に、俺に会った奇跡のような『悪運』を見てみたい。


「どうした、フランキー。逆らってみるか……?」


「……マジかよ……」


「やめてもいいぞ。俺は、お前のような癖の悪い弟子は欲しくない。アビーの椅子でもやっていろ」


「……」


 フランキーは酷く険しい表情で目を閉じ、目を開けた次の瞬間には、決意を秘めた表情でブラームス・ファミリーのアジトへ向けて駆け出した。


「ふむ……意外だな。本性を現すと思っていたが……」


 アビーは、つまらなそうに言った。


「ハイエナ種は上下関係に厳しい。あんたを認めてんだろう」


「そんな殊勝なヤツには見えない。この際だ。使い潰そう」


 さて、俺が持つ闇の瞳が見方を変えるのが先か、それともフランキーの『悪運』が尽きるのが先か。

 そのどちらにも興味はない。

 俺は言った。


「ブラームス・ファミリーは人身売買をやっていたと言っていたな?」


「ああ……それがどうかしたのかい?」


「もし、奴隷で生きているヤツが居たら、全員、手下にするといい」


「ふぅん……まぁ、あたしも駒が少なくて困っていた所ではあるけどね……」


 アビーは胡散臭そうに俺を見て、目尻を下げて微笑わらった。


「あんたは優しいねえ……」


 ここら辺がアビーの鋭い所だ。


「……行く宛もない奴らだ……尤も……」


 死神の厚意など、突っぱねられても仕方のない事かも知れないが……

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[良い点] 相変わらずの遠造呼ばわり
[一言] 遠造でいつも笑う
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