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死闘宗の殺戮手 8

 関係者の出入りする垂れ幕を潜り、更に奥へ。

 煩い音塊が遠ざかっていくが、耳朶(じだ)にしつこくこびりついている。

 青痣男は扉を軽快に叩き、返事も待たずに開ける。

 中は更衣室だ。給仕娘達が半裸になって着替えているにも関わらず、無遠慮と踏み込んでいく。娘も娘で悲鳴も上げず、それどころかゴクロウの顔をじっくり眺めると妖しく笑いかけていた。背中に刻まれた垂迹者(すいじゃくしゃ)の刺青を艶かしく見せつける。


灼雷(しゃくらい)殿もびっくりだ、その紋々」


 ぐい、とゴクロウを引っ張るアサメ。


「目に毒です」

「毒も使いようによっちゃ薬に」


 ぎろりと鋼の瞳に睨まれる。おどけてみるが、効果は無かった。


「にしても頭良いな。扉を叩く回数で敵か味方か、この子達に区別させてるんだろ」

「あんたのせいでまた変更だ。聞き間違えて叫んだ奴がどうなるか、教えてやろうか」

「当ててやろう。お前みたいになる。良かったな、俺の代わりに親分が殴ってくれて」


 青痣男は苦々しい顔でふんと息を吐いた。

 何の変哲もない扉を叩いて潜る。中は薄暗く、高級な装い。表とは真逆な落ち着き払った個室は紫煙(しえん)が立ち込めていた。鼻腔に忍び込む煙草(タバコ)のきつい臭いにアサメがあからさまと眉を(ひそ)め、ゴクロウはといえばずらりと陳列された酒瓶に釘付けとなる。

 回転椅子が鳴き、先客の視線が一斉に二人へと向かった。

 昼間に出会った強請(ゆす)り屋の兄貴分と、六名の屈強な男がふんぞりかえり、短杯(ショットグラス)で酒を(あお)り、賭け事に興じる連中。垂れ幕の奥には寝台の脚が覗いていた。成る程、裏稼業者が(つど)うにはうってつけである。


「よう。アドウさん」


 ゴクロウの呼びかけに強請り屋アドウは相変わらず鋭い眼差しを向けてきた。何事かの身振りをすると居住まいを正し、来客用の硝子卓(ガラステーブル)へゴクロウとアサメを手招いて誘った。客人をもてなす柔らかな寝椅子(ソファー)だ。


「俺はゴクロウ」


 言いながら酒瓶が置かれた(テーブル)の上に直接腰掛け、行儀悪く胡座(あぐら)を掻いた。


「こっちはアサメ」


 銀髪の麗人はそもそも居座らず、腕を組んで仁王立つ。


「よろしく頼むぜ、万會(よろずかい)の皆さん」


 無礼の極みと言っても過言ではない挨拶に、アドウは眉一つ動じなかった。


「で、何しに来たの。昼間のお礼参りなら話は聞かないけど」

「いや。契約に沿ってやってくれ。煤湯(すすゆ)の南方がぶち壊されて地価が高騰するから気合入れに行ったんだろ」


 ゴクロウは凶悪に笑みながら、圧をかけるように身体を乗り出す。


「儲けになればそれで良し、(くじ)ければ刈り取り。相当な肝煎(きもい)りようだよな。わざわざ上の役職の人間が取り立てに行ったんだから。だろ、お人好しのアドウ地区長殿」


 アドウはふんと一蹴し、懐から一本の煙草(タバコ)を取り出した。着火器(ライター)を指で何度か擦るが、燃料が切れているのか火が点かない。


「おい」


 代わりの火を寄越せと部下に指図するが、ゴクロウが手で止めた。


「もう一回、やってみな」


 アドウが怪訝そうに眉を潜め、(こす)る。

 ぼう、と勢い良く着火。細い紫煙(しえん)が立ち込める。アドウは驚く素振りも見せなかったが、前髪が若干焦げていた。


「それなりに頭もキレて、霊寄術(れいきじゅつ)まで使えるとは。つくづく厄介だな」


 聞き慣れない言葉だった。ゴクロウは小首を捻る。


「此処らじゃ感応術のことを霊寄術って呼ぶのか」

「は。やっぱり夜光人に拾われたクチか。ようこそ都会へ、客人さん。俺らに何用ってわけ」


 ご丁寧に答える気はないらしい。若しくは霊寄術と感応術の区別がつかないかのどちらかである。

 ゴクロウとしては今はどちらでも良かった。ぐい、と右の(そで)を捲る。

 包帯が巻かれ、肘から先が欠けた右腕が露わとなった。


「急ぎでな。俺の右腕を治せる名医を探してる。デカい組織だ。あんたらなら一人や二人、知ってるだろ。紹介してくれねえかな」


 アドウは煙を肺一杯に吸い、吐いた。


「金、いくら出すの」


 強気である。


「金と情報、どっちがいい」

「金が無いなら帰んな」


 (ふところ)事情まで察してきた。やはりやり手である。

 アサメはといえば、理解している振りして睨みを利かせるだけであった。頭脳戦はゴクロウにお任せである。

 だがゴクロウそうか、と胡座(あぐら)を解き、さっさと立ち上がった。


「じゃ、帰るか。こいつは余所に持っていく。敵として出会ったら情けくらいは掛けてやるよ」

「無事に出られると思うんなら、好きにしたら」


 突如、室内に殺気が充満。アサメはいち早く察知した。八つの銃口を四方から突きつけられている。

 アドウ、青痣男、腕っ節の良さそうな連中。


(小賢しい)


 計十名。視界外に二人、居る。

 アサメは死角からこちらを窺う視線を確かに感じていた。


「おいおい、隻腕の俺と目つきの悪い姉ちゃんたった二人相手に、ちと気合入れ過ぎじゃねえか」


 ゴクロウも気付いた上で挑発していた。形勢が不利であることは変わらない。


「で、どうすんの。置き土産置いて出て行くか、鉛玉と地獄に堕ちるか」

「そうだなあ。どうする、アサメ」


 絶対絶命の銃口を前にしても呑気に訊ねてくる。

 死の世界に片脚を突っ込んだせいで、生者としての感覚が鈍っているのかもしれない。

 銀髪の麗人は目を(つむ)り、やれやれと嘆息した。


引き金(トリガー)を引いた奴から、斬ります」


 ゆっくりと開かれた鋼の瞳は誰かを見ず、誰も彼もを視る。

 兵眼流(へいがんりゅう)に死角はない。

 アサメはまだ腕を組んだまま、凄まじい剣気を放つ。


「だってよ。大人しく情報を渡すか、バラバラと地獄に堕ちるか。どっちがいい」


 今まで物怖じすらしなかったアドウの額に、一筋の汗が垂れた。優勢の利を取っている筈の彼等は、劣勢のゴクロウとアサメにまるで手を出せない。

 嫌らしい膠着(こうちゃく)。限界まで張り詰められた緊張が今にも弾けようとしていた。


「急ぎだって言ったよな、アドウさん。だからあと五秒だ。それで決めてくれ。五」


 数える。

「四」

 誰も。

「三」

 答えない。

「二」

 誰かが喉を。

「一」

 鳴らした。


「居場所は知らない」


 ついにアドウが根を上げた。


「だが知っているな」


 ゴクロウが(たた)み掛ける。


「ゲイトウィン。六仁協定(りくじんきょうてい)血判者(けつばんしゃ)、直し魔ゲイトウィン。煤湯(すすゆ)で一番の名医なら、あの狂人しか俺は知らない」


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