世界ノ理ニ刃向カウ者 4
退けば攻められる。考えねば殺せず、諦めれば死ぬ。
「止めてみろ」
八つの髪槍を連続して地に刺す。髪までは縛れないと踏んだが、当たりだった。
極大の熱を足元の地面へ注入。瓦礫混じりの紅い飴状へとみるみると融解していく。大量の水蒸気が発生、瘴気の煙を圧して返した。
沈下する地盤は危機的なまでに赤熱、拡散し、鬼神は湧出する溶岩溜まりへと沈み込んでいく。
感応。流動する灼熱を全身に纏い、纏い、纏い、球形へと膨張。己でさえも焼き尽くす。
「おい、なんだよ、それは」
蜥蜴如きに近寄れる筈がない。
破滅を想起せずにはいられない小太陽は罅割れ、その合間から失明せんばかりの光芒を幾つも放った。
噴火、爆風。
溶岩の大嵐が吹き荒れた。
ただでさえ脆い地盤は轟々と震えて崩壊。半径を少なくとも一粁以上を焦土へと一変させ、熱波は三倍以上、轟音は遥かに上回る超高範囲へと及んだ。被害の拡大を制御しようと外部圧力を内部へ集約させ、感応術で爆縮反応を引き起こす。
爆心地へと圧縮、圧壊。
強大な上昇気流が生じ、計り知れない大破壊を巻き起こしてキノコ雲を発生させた。
これは核爆発ではない。
その証に、雲が雲斬霧消と斬り払われる。
薄暗い上空から落下する鬼神の影。
『これがこいつの力かよ』
『やりすぎ、です』
生命体としての階層を超越した身とて、無傷ではない。皮膚が黒焦げて剥がれ、だが超再生により徐々に回復していく。だが回復速度は明らかに遅くなっていた。限界が近い。
『まだだ。まだ、やれる』
吹き上げる風圧に白銀の髪を滅茶苦茶とはためかせ、ちらと暁の予兆を東の彼方に望んだ。
曇天が、晴れつつある。
今が死闘の最中であることも忘れるほどに、寒空が美しく広がってた。
加速しながら迫る、半壊した地上。
集中を凝らし、感応。不可視の空気層を下方に三つ形成。
突入、爆音、突入。
段階的に勢いが減衰し、今まさに崩壊していく岩盤へ着地。瞬時に跳躍と離脱を繰り返し、まだ崩れていない焦げた地上へと降り立った。
盆地のほぼ全域に無数の火の粉が舞い散る。地表はあちこち罅が走って荒廃。数少ない枯れ木は爆心地方向へ引き込まれて折れ、浮いた根は燃えてばちばちと小さく爆ぜている。割れた岩石は一部融解し、吹き込む冬の風より冷却、半ばガラス化。細かな黒光りが辺り一面に散り散り、夥しく煌めいて異界の様相を呈していた。
「居るんだろ」
火炎の吐息を微かに漏らす。
地形を崩壊させるほどの甚大な被害を及ぼしても、まだ決着がついていないと悟る。しぶとく姑息な息遣いを聴覚で直に捉えていた。
微細な振動が足裏に。殺気。
地表が盛り上がり、爆散。瓦礫と共に蜥蜴人が奇襲を仕掛ける。想定済み。あの大爆撃を回避するならば地下しかない。
鎌鼬の如き曲刀を長刀で跳ね返す。重い。苛烈な連撃を捌き、僅かに押し込まれる。蜥蜴人の背後から伸びた二匹の影に気付くのが遅れた。
両肩にそれぞれ、煤けた大蛇の顎門が喰らいつく。牙から毒液が伝う。鬼神の纏う熱の鎧は弱まっていた。充分な反撃機構として充分な効力を発揮できずにいる。
「ゴクロウ、アサメ。お前達は充分に苦しンダ」
がくりと膝から力が失調。
両膝をつく。神経遮断。
「ヨオク生キイ、ユオオク足掻イタア、一生分ドアアアア」
束の間。
引き延ばされた重低の声。鈍い音波が脳裏に響き渡る。
遅いのではない。速まっている。
今もなお注入される魔毒、精素由来の有毒物質が血流に乗って全身を循環。途方もない数の細胞へ取り込まれるかと思いきや、血中に滞留したままとある変換が行われていく。折から注入されていた有毒物質は既に。
『また、熱くなってきやがった』
偽王の脳が分析を終えていた。
この加速体感は、闘争物質に変換された毒を栄養素として徐々に吸収している証。
細剣の鋒がゆっくりとしなる。狙うその先は鬼神の眉間。
唇、舌、喉を震わせて何事かを喋っているようだが、もはやただの重苦しい怪音波でしかない。
眼で読み取る。
お、わ、り、に。
してやる、だろう。遅過ぎる。
流れる血液が清冽と冷め、心地良い。
鬼神の怪腕をみれば変異は明らかであり、真紅から、白熱、蒼みがかって尋常ならざる熱を放つ。
蜥蜴人の眼には熱の推移が急変に映っただろう。口端を引き攣らせていたが、どうしようもなく手遅れだった。
時間が徐々に戻っていく。
否、世界の流れに、鬼神が合わせる。
「そうだな」
危機を察知したのか、影大蛇の拘束が解けた。
後退しながら苦し紛れと差し出された蜥蜴人の刺突。蒼炎纏いの長刀で擦りながら不撓不屈の前進、火花を散らしながら回転。百足の如き大尻尾、刃の五指を堅く握り固めた。
蜥蜴人の上半身を殴り飛ばす。
筋繊維が千切れ、肉が震えて内臓を揺らし、骨を砕き。
「ガッブウッ」
爆速と一直線に吹き飛ばす。
背後に跳んで衝撃を殺した様子だが、それでも破城槌の如き重撃に耐え切れず吐血、噴射。
景色が高速で擦過していく中、紅柑子の瞳孔が驚愕に見開かれた。
「終わりにしよう。サガド、リプレラ」
『なぜッ』
正面を袈裟斬り。
『追いつけるんだッ』
曲刀と細剣を交差して致命の刃を防ぐが、甲高い金属音は響かず。
『こいつは良い殺し技だ』
長刀が擦り抜けた。
神速が真横を掠め、背後へと追い抜いた。
『アサメ。この名は』
一撃目は陰。二撃目にて裏を斬る狡猾な刀。
兵眼流刀義、先の型。
『不立影鴉』
青の剣閃が袈裟掛け走る。
背筋が分断し、焼け焦げ、罅入りの背骨が裂け、消し炭に変え、臓腑が溢れ、赤茶けた断面からぶわりと血の珠が滲み、異臭と共に鮮血が湧出。
「とどめだ」
蜥蜴人の膝裏を蹴り込み、崩した上半身を真上へと蹴り上げた。威力絶大。
足裏に不快な破砕音が響く。背骨を完全に粉砕し、上空へと高く撃ち飛ばした。
「送ってやる」
五刃の大尻尾が唸る。紅掛空色の薄青い爆炎を喚ぶ。尾は蒼炎を纏ってみるみると膨張し、巨人の腕の如く変貌。
かっ開いた業火の魔手が、暁の薄闇を清冷と消し払っていた。
『敗けたわね、私達』
妙に浮つく緩慢とした空中。
閻魔と対峙した蜥蜴人は全身から血を溢しながら、諦めたように失笑した。
『こんなの、ぶっ殺せるかよ』
冷風を焼き焦がし、一薙ぎ。
爆轟の花弁が燦然と開花、一瞬にして舞い散ったのち。
「逝け。何処へでも」
八つ裂き。
どざどざどざ、と鈍い朱の雨が降った。
血の滴は鬼神に触れる前に蒸発。
白煙は焦げ焦げしく不快な臭いを充満させる。手も足も胴体も、文字通りばらばらに散らばって地に堕ちた。
ごろ、と半笑いに歪んだ蜥蜴人の生首を見つめる。散大した紅柑子の瞳は、朝の微光を取り込めない。
「二度と化けて戻るなよ」
報復が、終わった。




