世界ノ理ニ刃向カウ者 2
力の湧く泉に満たされているような心地良い抱擁感。
アサメは肉体の小宇宙に漂っていた。
主の対となる魂との一体化。
客人にのみ許された超進化現象、真身化。
精神体と化した半身はゴクロウの肉体に宿り、時の流れに抗って討つべき敵を捉えていた。
(人の王、か)
忌むべき過去の記憶に触れる。
(終末の大戦のきっかけとなった生命体兵器。
地球上で最も優れた生命体になるべく設計された最高等級人造児を基に、生命工学や再生医療技術の粋を極めた有機性機械神経を移植。半永久的に自然治癒を繰り返し、不老不死者として米中印他主要の九カ国を二百年以上支配した最強最悪の人造人間。心臓を破壊される程度の損傷では死なず、どんな劣悪な環境にも適応し、常人にとって致死量の被曝線量を浴びても変調を来さない。凡ゆる戦闘行為や極秘任務を単独で遂行、達成する最強の個でありながら、高い知能と人心掌握術による国家統制をも可能とする最恐の全でもある)
精神体とて、身震いに近い寒気が走った。
(欠点は一つ。あまりの完全無欠さに知と能の神を体現してしまったこと。統制化に置かれた人間は自ら考える事を止めて人の王達を崇めるようになり、真なる衆愚となってしまった)
鬼神は、瞼を閉ざしていた。
(でも、この人は、違う)
地を踏みにじるようにゆっくり右脚を引き、流麗な所作で上段に構え。
(絶対を打ち砕く、人の王に楯突く偽王)
心の揺らぎは澄み渡り、明鏡止水の境地へ至る。
(その真髄は、思考制御の切り替え)
紅蓮の長刀、その鋒を。
(人間になるか、神になるか。選択という自由を彼に与えた)
薄く開いた金銀の視線を、討つべき対象へ突きつける。
「は、随分と大袈裟な構えだな」
挑発には一切応じない。
蜥蜴人は不敵と肩を竦めた。
その向こう、広がる地上は漲る生命で清濁と入り乱れ、溢れ広がっていた。
風は鉄臭い吐息と清涼な水気が絡み合う。山々の所々から紛うことなき血を噴火させ、土砂から伸びる死者達の細腕を濡らす。
稜線では垂迹者、氷霧の巨大な上半身と、それに比肩する骸の集合体が手四つで噛み合っていた。
天。
緑紫青の血管蠢く雷雲には、曇天の翁、その御尊顔。
地。
人の龍、夜見の上半身には、闇を見透す千の瞳。
これが、新世界。
肉眼では捉えられない精素の世界。
理性の深奥に至った真身化体にはこれらが視えていた。
此処が決戦の地。四名二者は相対す。
「俺が喋り、お前がだんまりか。まあいい」
戦闘はごく静かに始まった。
蜥蜴人が何気なく歩く。
敵影、消失。
鬼神は動かない。先の先まで視えている。直立不動の状態から予備動作無しでの最速疾走。
なるほど肉眼では捉えにくく、人外離れた芸当だろう。
(そして私は、視覚における領域の拡張、超特化を施されただけの強化兵士)
真左を睨む。
爆速の中、蜥蜴人の瞳孔が驚愕に見開く。回避不可能を悟ってのこと。
「兵眼から逃れられると思うなよ」
闇夜に炎の残光が尾を引く。
初動を眩ます瞬息の歩法と、反撃の同時展開。
アサメは染みついた感覚の名を思い出していた。
「な」
兵眼流刀義、後の型。
(参咫濤震刀)
頸椎を叩き壊す、柄頭の一撃。
「ゴバアッ」
打ち返される形となった蜥蜴人は地面の上を何度も何度も弾んで吹き飛んでいく。
土砂を巻き上げながらようやく停止すると。
「軟らかい骨だな。響いてないだろう」
彼我の距離を零にする縮歩。
「いや、死ぬほど痛え」
だが一切驚愕せず不意打ち。横這いの姿勢から飛躍、超速回転し迫る刃の旋風。
鬼神は長刀で迎え撃とうとし。
「は」
手放した。指で捕るために。
素っ頓狂な声を漏らしたのは蜥蜴人以外の何者でもない。
「遅過ぎる」
真剣白刃取り。
両手でなく、片手でもなく、人差し指と中指で挟み取る絶技が旋風をも止めた。
「この世界は、俺達には遅過ぎる。何もかも」
離すと即座に踏み込み、裏拳。
竜の相貌を殴り潰す。面白い様に吹き飛ぶが、やはり効いていない手応え。空中で姿勢を制御したかと思いきや、軽く地を蹴って疾走した。真正面から突撃。
激突。
剣戟の嵐。
烈しい金属音を掻き鳴らし、剣圧が吹き荒んで地上の塵芥を彼方へと追い遣る。
燃え盛る長刀の剣舞が風を灼く。
対するは曲刀、細剣の二刀流、髪爪による斬撃幕、毒唾、細かい跳躍からの拳打蹴打。死角に回る影蛇の毒牙。単騎にして千の兵を瞬時に一掃させるだけに留まらず、万の兵を悉く殲滅しても余りある戦技の数々。
「本当にその程度か」
それが鬼神の前では、まるで児戯。
未来を視る兵眼が技の初動を見透かす。極小の隙間すら見切って剣筋を避け、髪爪など受けるまでもなく、邪魔な蛇を焼き払い、がら空きにさせた胴を一蹴。
苦悶を浮かべた蜥蜴人は毒々しい血を吐きながら大きくたたらを踏んで後退、片膝を地に突いた。
「たったの、一発も当たらねえ、だと。馬鹿な」
「もう痛がるフリは充分だ。本気を出せ。悔いのないようにな」
ぎりり、と歯軋りが響く。
「だったらよ」
曲刀が地を斬った。
瓦礫の散弾と共に、再び刃の嵐が鬼神を襲う。
切落とし、袈裟、逆袈裟、右薙左薙、刺突、逆袈裟と音速で振るわれる乱舞その一つ一つを有効打か致命打か見抜く。
死を涼しい表情で避けながら、今。
微かな綻びに刀身を滑り込ませ、手首を踊らせる。
甲高く鳴る刃。
曲刀、細剣共に遥か上方へ、弾き飛ばした。
あとは無防備な敵を真っ二つに斬るだけ。だが鬼神は。
「舐め腐り、やがって」
把持する長刀の柄を逆手に高速反転。火焔の刃を地に突き立て、無手となった。
脱力し、ただ佇む。
「舐めてみえるのなら、その眼は硝子玉以下だな」
計り知れない気迫。
(人の王の戦術思想は非武装状態における戦闘地域の鎮圧及び無力化。それは偽王も同じ。つまり徒手空拳の構えこそ、彼が本領を最大限で発揮する時)
手招いて近接格闘を強要。
「素手喧嘩で殺し合いなんざ、ガキかよ」
最強を欲しいままに掴むその右拳は、いまや灼熱と燃え盛っていた。
「完膚なきまで叩き壊す。身も心もだ」
鬼神と成るべくして成った者の威風。
計り知れない気迫は鬼迫へと膨れ上がり、凶刃など空気の如く霞んでいた。
『武者震いよね、サグ』
金銀の双眸に射竦められた蜥蜴人は気圧されていた。
『どうかな』
殺意と闘気で怖気を無理やり隠し、牙を剥いて威嚇するだけ。
「殺ってやる」
今更震えるなど、許されない。
激怒で上塗り、覚悟を決める。
舞い上がった二つの刃が、頂点に達した瞬間。
「参る」
「グルアアアアッ」
雌雄激突。




