世界に刃向かう者 7
一瞥すればサガドの曲刀捌きは最小限で、一つも無駄なく生命を刈っていく。
撫でるような斬殺。肉を斬る手応えに殺り甲斐を覚えるリプレラとは実に対照的だった。
起き上がろうとした泥暮らしの頭部を鷲掴んで曲刀を振ると、豚でも絞めるかのように頸動脈を断った。
「清々しいほどに寒気がしたよ。悪党式の英才教育ってか」
ふんとサガドは鼻で返す。
「猟犬よりも従順で愛くるしく、悪魔よりも凶悪で揺るぎない。そして何より美しく、人の女と違って絶対に俺を裏切らん」
黒血で汚れた手を神経質そうに拭って壁に擦りつける。
血の気の通っていない声だった。
「まるで物扱いじゃねえか」
ゴクロウは皮肉を返しながら、殴り殺したばかりの兵を掴んで押し退けた。後続の敵一人へぶつける。視界と行動を遮ると戦斧を握り、死骸ごと叩き斬る。
「そうだ。この世で最も価値ある器だ。剣であり、盾であり、弾丸でもある。枕にもなる。主身の願いが理想の半身を生むんだ。ユクヨニからお前達の事を聞いたが、憐むよ。何の因果で蘇ったのか知らないが、思い通りにならない半身など何の意味もない。赤の他人よりも厄介じゃないか」
何を言っているのか。ゴクロウは鼻で笑う。
正面敵二人の破れかぶれを掻い潜り、一気に踏み込み。
あえて手放した杖を蹴り上げ、胴体に減り込ませる。不快な悲鳴。大口を開けて怯んだ禿げ頭を二つ、瞬時に鷲掴んで強かに打ち合わせた。両手から頭蓋が砕ける感触。
足元に転がった杖を蹴り上げて構え直し、サガドと向き合う。
「面白え奴だな。サガド、お前そんなに寂しいのか」
無表情を貫くサガドだが、眉を潜めた。
「まさか。まるで思わんな」
「だったらもっと余裕ぶった顔で自慢しろよ。しけた面した奴に見下されても、ちんけな遠吠えにしか聞こえねえ」
不愉快を滲ませたサガドは溜息を吐きながら、横手の雑魚に目もくれず乱暴に薙ぐ。
首が中程まで裂けたそれを冷たく一瞥し、不敵と笑むゴクロウを睨んだ。
「本当によく口を滑らせる奴だ。俺はそろそろ手が滑りそうだが、あまり苛立たせると本当に手元が狂って赤い方の血が噴くかもな」
「こいつらを撒くまで我慢しろよ.その時に相手してやる」
言い合いながら、二人で三十は殺したか。
粘っこく黒い血液で全身を染めながら、ずかずかと塔を降っていく。より下層へ通じる階段も発見したが、先は恐らく地の底。進めば二度と戻れないだろう。それよりも血を辿ればいい。
塔の外へと散らばる血肉。ぎとぎとした黒い血痕が道標を示すように拡がっている。リプレラが斬り開いたであろう血路には蹲った雑魚共が力無く震えていた。
致命傷を負っていないにも関わらず、泡を吹いて昏倒している。
「キマってるな。当然だが」
吐き捨てながら、サガドは止めを刺していく。リプレラの毒だろう。
一時的でもあの毒牙が味方に付いたと思うと、何と心強いか。
「どうせなら全部片付けてくれりゃいいってのによ」
まだ無傷な連中が、呻きながらゴクロウらへと向いた。
奇声を上げながら半死半生の同胞を跳び越え、喰らいつかんと迫る。
もはや見飽きた動きだ。機敏だが愚直で、駆け引きを経て敵を殺そうという気概がまるで伝わってこない。
隙をついて兵の首を打ち、刃を弾き、受け流し、斬り伏せる。むしろゴクロウとサガドはいつ裏切られるかもしれない背中の警戒に神経を割いていた。
「ゴクロウ、何人殺した」
「二九ってとこか」
戦闘狂いの女が通ったであろう痕跡をより赤黒く上塗って辿るうちに、気付けば足元には無数の死骸でどす黒く濡れ塗れていた。
「まだまだだな。お前は無駄が多い」
「サガド、お前を仕留めりゃ俺が上だぞ。無条件でな」
適当に挑発しながら、血の泥沼で動き回る者がいないか探す。
妙だ。ゴクロウは小首を捻った。
(奴らが押し寄せてくる気配がねえ。実はもうほぼいないのか。それともリプレラが、いやまさか。確かに実力者だが周辺の敵を殲滅させたとは到底。何が起こっている)
二人で六十以上の頭を討ち取ったとはいえ、まだ百には届いていない。
三千近く残っている事実は疑う余地などなく、遠巻きから泥暮らしの獣じみた蛮声が重なって響く。
「おいサガド、この嫌らしい静けさ、どう思う」
ゴクロウは呼吸を整えながら暫定的協力者に意見を求めた。
冷め切った顔で血塗れの曲刀を死骸に当てがい拭っている。サガドに蓄積された疲労は限りなく少ない。
「嵐の予兆かもな」
「雷でとっくに大荒れだっつの」
「出れば解る。行くぞ」
ゴクロウは何故か、胸の奥のざわつきに不吉な前兆を覚えていた。気を引き締めろと胸中で叱咤する。何が起ころうとも、受け入れるだけだ。
警戒を強め、重い足取りに力を込め直す。塔の外へ、穢土の軍勢が蔓延る石の大橋へ躍り出た。
雷光が一際、閃く。
「なるほど、ね」
夥しい数の、死骸の山。
転がる手足、ぼろぼろの胴体、瑞々しい生首。屍山血河。
息遣いはゴクロウとサガドの二人分だけ。数えるのも憚られる程の死が嫌と言うほど折り重なっている。この惨状ならば、襲い掛かる者がいないのも頷けた。
だが、ならば誰が。
鋭い刃で斬り刻まれ、或いは胸部を槍の様なもので深々と穿たれ、殆どが力技で捻じ伏せられていた。中には甲冑ごと叩き潰されて絶命している者もいる。
まさか本当にリプレラが。
初見の刺し傷。細剣の形状じゃない。
それに、この怒りでも晴らすような執拗な傷。
「俺のじゃねえ」
ふと嗅ぎ慣れた匂いが残っている気がした。
その正体に察したのは、二人ほぼ同時。
視線を、戦場の最前線へ。
「お前のだ」
凄まじい剣戟音が耳を劈いた。
超高速で入れ替わり立ち替わりと振るわれる刃の応酬、血煙、絶叫。周囲の兵を巻き込む死闘が繰り広げられていた。
リプレラと、黒血に濡れそぼった赤土色の裸女。
「アサメ、なのか」
長く伸びた銀髪を八つの角に分け束ね、槍先と化した先端は黒く染みている。音速で刃尾を振るえば幾つもの首や腕が飛び刎ね、鉄をも割る蹴打は邪魔者を圧壊、地の底へ叩き落としていく。
鋭い歯牙と、怒りに眩んだ鋼瞳。
鬼の子は正真正銘、鬼人へと変貌していた。




