世界に刃向かう者 6
ゴクロウは階段を無視して飛び降り、暴れ舞うリプレラの近くへ躍り出た。
雄叫びを上げて突っ込んでくる兵共の横っ面へ振る、振る、突く。
間合いを取って護人杖を振り回す。背後を蹴り飛ばす。
左右から飛び掛かってきた泥暮らしへ、水平に構えた杖を突きつけた。がぐん、と出来損ないの逆上がりをする羽目になった痩躯を二つ、そのまま脳天を床へ叩きつける。一秒につき五人を仕留める早業は、より苛烈に加速していく。
足元で蹲る雑魚に戦斧を突き立てて重心を安定。執拗と背後を狙う雑魚の胴体を全力で蹴り飛ばした。肋骨が何本もへし折れ、血を吹いて吹き飛んでいく。手放して弧を描いた鈍刃を難なく掴み、最も近い醜面の眉間へ投げつけた。
「つぎはぎだらけの鎧なんか捨てて、かかってこい」
次から次へと、四方から八方から不規則と迫る者全てを返り討つ。
ゴクロウを中心とする必殺の半径が夥しい血肉で無惨に描かれていた。無双の名を欲しいがままに暴れる彼を、誰も止められない。
(前線を押し進めてはいるが、これじゃ消耗戦だな。何処かで出し抜いてアサメと合流しないと、不利を突かれる)
鈍の刃を無意識的に躱し、反撃の戦斧を振って首を刎ねる程度には策を巡らす余裕がある。リプレラのおかげで敵が上手く分散しているのも一つの要因だった。
「惚れ惚れするわあ、貴方の暴れっぷり」
リプレラは恍惚と微笑んでいた。
左に携えた血みどろの長刀を、軽々と振るって汚れを払う。
へらへらと巫山戯ているが、よほど戦功が欲しくとも彼女にわざわざ近寄こうとは思わない。だが泥暮らしはお構いなしに突っ込んでいく。まさに蛮勇。
リプレラは颯爽と避けざま、細剣を喉へ貫入、肩を小突いて軽く押し退けた。
潰れた鼻、ぐちゃぐちゃな歯の隙間から彭湃と黒血を吐く。どうしようもなく醜悪に喘ぎ、奇怪な足捌きを踏んでいた。
死にゆく舞いをリプレラは面白可笑しそうに眺める。
だがすぐに飽きて肩を竦めると、それをゴクロウへと蹴り飛ばした。
「おっと」
避けつつも喉に突き立ったままの十字の柄を握り、抜き放つ。
死にかけの泥暮らしは血を振り撒いて完全に沈黙。呆気ないほどの尖鋭さを掌に味わったゴクロウは、感嘆の息を漏らした。
手首を回して血塗れの細剣を傾け、興味深く見定める。
持ち手に装飾はなく無駄を徹底して省いている。意外にも手入れが行き渡り、研ぎ澄まされた両刃。刀身に真っ直ぐと彫られた溝から血が粘っこく流れていく。乱暴な扱いをものともしない硬度と柔軟性。初見とは思えない慣れた手捌きで振り回し、血を払う。小気味良い風切音。重心の均衡も申し分なく、取り回しやすい。
隙有り、と襲い掛かってきた雑兵の喉を一文字に掻っ捌く。
「こいつは良い趣味してるね」
死角へ迫る一振りを軽やかに躱し、背後へ回る。罰点を刻み、とどめの刺突で心臓を貫く。蹴って押し退け、深々と刺さった細剣をするりと抜き取った。
絶えず血を滴らせる細剣を改めて掲げ、高い殺傷力を改めて評価した。
「斬りたくなるわけだ」
褒めながら、投擲。持ち主へ投げ返す。一直線に飛来。
リプレラはへらへらしたまま首を捻って回避。
背後から迫ろうとしていた泥暮らしの肩口に突き刺さった。赤黒い長髪を揺らして振り向くと、同時に愛剣を抜き取る。苦悶に歪む泥暮らしの顔面を一息で二度斬り裂き、くるりとゴクロウへ向き直った。
「私の自慢の息子よ。なんでも言うこと聞いてくれるの。ダオダラ、上手にご挨拶できたかしら」
紅柑子の瞳に、一体何者が映っているのか。
狂気に満ちた視線を細剣に注ぎ、指先で愛おしそうに撫で、血を拭う。
「ねえ、すごく楽しかった、って」
リプレラの口から、なぜか少年の声が重なって聴こえた。
へらへらとゴクロウへと歩み寄る。隙だらけの背後へ詰めかけた泥暮らしだが、それがこの狂い女の戦法である事には気付かずに首を刎ね飛ばされた。
「どこで剣の扱いを覚えたんだ、って。ねえねえねえ、って」
明らかに人格が変わっている。
敵に一瞥もくれずに殺しながら、詰め寄ってくる。
彼女に寄り添う何かに、ゴクロウは寒気がした。
(おいおい。本物のままごとかよ)
篝火に照らされた細剣の影。小さな子供を象って、不気味に揺らめいていた。
純真邪悪なる理性。具象化せんとする影の精素。
「知りたきゃ大将首を獲ってみな」
内心の動揺を悟られないよう普段通りの声音で返す。
両者の合間に飛び込んできた泥暮らし。ゴクロウは足元に転がる罅入った刃を蹴り飛ばした。見事に膝へざくりと斬り込む。膝をつき、激痛に歪んだ右眼へ、リプレラが我が子を刺突した。
「本当にい、って」
彼、といっても差し支えないだろう。影は母を介して念を押してきた。
「本当だ」
ただただ紅柑子の瞳を危うく輝かせている。
「嘘吐いたり、しょうもなく誤魔化そうとしたら」
本性は彼なのか,リプレラなのか。
やけに慣れた手つきで目玉を抉る。善悪の区別ない子供がただただ好奇心で虫の脚を千切る感覚に近い。掻き出された眼玉は視神経や膜が尾を引いて靡く。
「こうだから、って」
怖気のするにやけ面を浮かべたまま、無意味に掻き出したそれを払い捨てた。
背筋が冷える。冗談が冗談ではなくなるこの世界の闇を、彼女を通して知ってしまった。
「じゃ、立派な首級、獲ってくるわねえ」
答えを待たずに跳躍、疾走。
機敏なはずの泥暮らしが案山子に思える程の高速移動で縫うように擦り抜け、斬り抜け、階下へ滑り込んだ。悲鳴に近い怒声が突き上がる。
討ち漏らしに止めを与えながら、跡を追う。
「どうだ、俺の半身は。震えるほど美しいだろう」
狂いの魔女を生んだ張本人。
冷酷非道を往くサガドは泥暮らしを斬り捨てながら、悠々と歩を進めてきた。




