無知の行き着く先 6
次第と樹々の合間に靄が立ち込める。
吹きつける風は依然冷たく、山間部は氷点下を下回っている。自然の摂理では到底考え難い現象だった。
「近いみたいだな」
「やっとここまで来ましたね」
冷たい靄の神秘。
最古の日陰の園へと続く門を、総勢一六八名の行列が一つ繋ぎとなって潜る。
ヨラン氏族全員が前を往く者の肩に触れ、或いは馬橇を押す。最後尾に続くゴクロウが馬橇の端を掴むと、アサメは短い腕を伸ばして彼の帯を握った。
靄は霧へと深み、遂には一寸先すら真っ白に閉ざされる。
もがく様に白の中を進む。もうすぐだ。
途端、凄まじい突風。
(息、が)
風圧がゴクロウを押し退ける。苦しい。咄嗟に姿勢を下げて身構えた。
今までに味わった経験の無い極度の冷気。瞬く間に全身から熱が奪われていく。危機を察知した脳が身体を芯から震わせた。
こんなものは、聞いていない。
「アサメ、無事、かッ」
絶え絶えの息で振り向き、必死に目を凝らす。
小さな姿は、何処にもない。
「な」
息を呑んだ。
周りから夜光族の気配が消えている。
白一色の極寒に、ゴクロウはたった一人。
いや。
視線を感じ、思わず見上げる。
半裸の巨人、座禅す。
精緻という領域を超えた、息衝く氷像であった。
上半身だけでゴクロウの六倍以上はある座高。
霧状の蓬髪、氷瀑の如き巨腕を急流の如き膝に乗せ、座す。
じっと紺碧の瞳に見下される。
眼孔に嵌め込まれた星の瞬きに計り知れない生命力の総量を覚え、酷い目眩と酩酊感に苛まれた。
間違いない。
この凍て雲の山脈でずっと、彼に見詰められていたのだと確信する。
「貴方は」
極寒の中、奥歯を震わせ、もはや痺れつつある身体で、ゴクロウは呆然と呟いていた。
空間が重く振動。
「曇天の垂迹者、氷霧。地上の人らは俺を凍土の王と呼ぶ」
この者が声を発しただけだというのに、あまりの威圧に立ってなどいられず、片膝を付く。
丸太よりも太い指がゴクロウを包み込む。
「ゴクロウとやら」
なぜ知っているのだろう。
眺めていたのだから、ハルシ達との会話も聞いていたのだろう。だが、まともに会話できる状態ではない。
唾液と粘膜が凍りつき、舌と喉が凝固して張りつく。
死ぬ。
訳もわからず、こんなところで。
「お前をみている」
アサメ。死なせてたまるか。
彼女の姿だけが、脳裏に焼き付いていた。




