無知の行き着く先 1
早朝。
振り向けば、日陰の園から人気の温もりが失せていく。光珠虫だけがふらふらと漂っていた。
装備を整え、武装したゴクロウは心の中で改めて感謝の意が湧くのを感じる。この地が此処にあったからこその今がある。またいずれ来ようと固く誓った。
往くべき方へ向く。
馬橇の轍、杖と、踏み平された雪の道。
ずらりと並ぶ、総勢一六六名の夜光の民。ヨラン氏族の青白い行列が往く。
直に日陰の園を守る門を潜れば、たちまち姿を消すだろう。
声を聞き、存在を察知して神経をより研ぎ澄ます。前回の調査でコツは掴んでいたが、慢心はしない。護衛対象が多い分、起こり得る事象も当然増える。予期せぬ事態にも見舞われるだろう。巡回者達とより密な協力が必要不可欠である。
小さな子供やヒクラスキを含めた老人達、生活の生命線を輸送する馬橇を魔の手からなんとしても守護する。一瞬たりとも気は抜けない。
だが、とゴクロウは少女を見つめた。
「アサメ、目え覚めたか」
「覚めました」
と言いつつ、鋼色の瞳はきちんと開いていない。寝不足だったらしい。
隣をとぼとぼと歩く銀髪少女に、ゴクロウはにやりと笑った。
「眠たくなったらおんぶしてやるからな」
「絶対にないです。というかそんなもんぶら下げてたら無理でしょう」
そんなもん、とゴクロウの背に収まる戦斧を指差した。
「じゃあ抱っこだ」
「本当に無理」
心の底からの真顔で断るアサメであった。
やいのやいのと言い合っていると、滑雪板を履いたハルシが滑り込んでくる。
「二人とも。そろそろ園外に出るぞ。宜しく頼むな」
「承知承知」
「分かりました」
短く夜光礼を交わし、それぞれ準備に取り掛かる。
木製の短い滑雪板を馬橇の荷物から取り出し、足袋に固定具を嵌め、板を装着。軽く滑って使い心地を確かめる。軽く、動きやすい。概ね良好。
「行くか」
「はい」
二人は顔を見合わせたりはせず、だが揃った息で滑り出した。
巡回者達の度重なる調査と拡幅整備により、行列は黒い森林を難なく抜けようとしていた。順調そのものである。
次第と樹々が減り、一望千里と広がるは茫漠たる灰雪の丘陵。
仰げば何処までも薄暗く曇り、雪催う空。
なだらかな丘陵の遠くには凍てついた山脈が白い大地に横たわっていた。
半凍土の丘陵を五日間歩き、二度の氷河を跨ぐ。三日間を雪深い森で過ごして小さな日陰の園を中継、食糧をしっかり補給し、残りの日数はひたすら峠越えとなる予定である。
目指すは凍て雲の山脈に囲まれた麓、凍土の王の沐浴地。
曇天郷のほぼ中央辺りに位置する、最大にして最古の日陰の園である。
ゴクロウは右手側遠方に聳え連なる『南の凍て雲の山脈』を端から端までじっくり眺めた。ヨラン氏族一行はこの山々に沿う形で北西方面へと進路を取り、着実と歩み続ける。
長い旅が始まろうとしていた。




