そこに住まう者たち 14
アサメを待つ。
その間、ゴクロウは戦斧を振り回し、先端にかかる遠心力の具合を確かめる。持ち手を変え、左右と変え、筋肉の負荷を意識して身体と脚を捌き、思いつく限りの戦術を構築していく。
食事を取りつつ、約二時間半ほど。
夜光の戦闘装束に身を包んだ褐色少女が出てきた。
彼女の特徴である鋭利な尻尾が装いから飛び出し、二振りの小刀を腰に携えている。
尾先を合わせれば三刀流の侍少女アサメである。
「はあ、やっと終わりました」
アサメは紫紺の瞳を伏せ、項垂れる。気力がかなり削がれていた。相当もみくちゃに触られて着せ替えられたのだろう。
「良いじゃないか、アサメ。似合っているぞ」
じろりとアサメはゴクロウを見つめた。
爪先から天辺までじろじろと観察し。
「趣味は人殺し、みたいな」
「げへへ。食ってやる」
無視してつかつかとすれ違って行った。
ゴクロウに煽りはほぼ効かないが、それでも言わないと気が済まないアサメであった。
道路整備要員の巡回者達は既に集結し、情報共有を交わしながら隊列を組む。
一日も満たない滞在を経て、行商隊は出発の時を迎えた。
気付けば夜光の民が馬橇の近くに集まって見送りに来ている。賑やかだ。子供達はシクランが配り歩いた飴を頬張り、若者達は弦鳴楽器を鳴らして感謝の意を贈る。遠くからはヒクラスキがえっちらおっちらと歩を進めていた。
ゴクロウは深く感心する。よほどの信頼関係が無ければこうも人は集まらないだろう。
シクランは慣れた動作で御者の席に飛び乗った。他の行商隊員は箱舟の如き馬橇から顔を出す。
そしてユクヨニは御者席に回り、立ち上がった。
拍手喝采が巻き起こる。
しっかりと全員の視線を集めると手を翳し、静粛を促した。羨望の静けさがしんと広がっていく。
ユクヨニはまず、ヒクラスキへと夜光礼を示す。行商隊全員がそれに倣う。
「母上。凍土の王の沐浴地にて、お待ちしております」
「勇敢にして聡明な我が息子達よ。無事を祈っておるぞ」
はっ、と短く返し、そして集まった一族一人一人に視線を送るよう、じっくりと見渡した。
まだ何も発していない。誰もが彼の威厳に引き込まれている。
「皆、聞いているとは思うが泥暮らしが姿を現した」
ざわめく。既に周知された事実を皆思い出し、不安そうに続く言葉を待つ。
「残忍で恐怖を知らず、欲求のままに生きている。連中の向かう先は短い一生だ。ただ命を消費される運命にある。それはなぜか。生き抜く知恵がなく身に付けようとしないからだ。だから地底へ追いやられたッ」
誰もがユクヨニの熱弁に耳を傾ける。
一呼吸置いて、子に言い聞かせるように語り出す。
「何故、我々はこの地上に住んでいるのか。知恵があるからだ。誰かが誰かの為に慈しみをもって命の時間を割いている。そうして生き抜いてきたのだ。恐れるな。心配はいらない。家族を信じよ。巡回者を信じよ。己を信じよ」
ユクヨニは微笑むと、ゴクロウとアサメに掌を差し向けた。
「そしてこの剛勇な客人に力を分け与えてやってくれ」
この男の雄弁に、ゴクロウは背筋が総毛立った。
気配を感じ、思わず振り向く。夜光礼が津波となって押し寄せてくる。
大きな責任。
同時に込み上げる感謝に、言葉が詰まる。
信頼してくれているのだと。
ヨラン氏族の全ての民による総意が深い夜光礼となり、ゴクロウとアサメに注がれた。
彼等との短い日々に思いを馳せる。
農作業をし、荷物を運び、言われなくてもあらゆる住処を掃除した。頂いた果実や穀物、温かい言葉が全て身に染み、血肉となり、また活力を与えてくれた。
彼等の助けがあったからこそ今を生きている。それに応えた結果が、目の前に広がっていた。
(この礼を示すべきは俺の方だ)
(感謝するのは、私の方なのに)
ゴクロウとアサメは心からの夜光礼を彼等に示して返した。いつまでそうしていたか。互いを讃え合う祈りから顔を上げる。
感応する精素が青い燐光を散らし、煌めいていた。
「次に会う時は我等が盛大に歓迎しよう。シクラン」
「うむ。出発ッ」
付き添いの巡回者達が行進する。
鞭を打たれた馬達が嘶き、大馬橇が重く雪を踏んで滑り出す。
夜光の一族は皆、一斉に顔を上げて手を振り、手拭いを振り、送迎の言葉を送った。ゴクロウもアサメも、馬橇が見えなくなるまで手を振った。
一人一人とちらほら去っていく。またゆっくりと日常が動き出す。
「アサメ」
「はい」
遠ざかっていく行商隊を見つめたまま、二人は誓った。まだ胸が熱い。
「皆に恩を尽す時だ。期待に応えよう」
「もちろんです」
大移動まで、残り四日。




