そこに住まう者たち 10
アサメはようやく、といった様子で腐臭のする血を洗い流し、湯気を立ち昇らせながら包帯を巻き直し、お気に入りになった果物水を飲んでご満悦。
とはいかなかった。
このまま眠りたい気持ちを抑えて茅葺小屋を飛び出すと、言いつけ通りに族長屋敷へ辿り着く。族長の親族らに会釈しつつ、賑やかな声が聞こえてくる応接間へひょいと顔を出した。
「ようようアサメ」
アサメの不機嫌度が急上昇。
「なんでそんなゆったりと酒を飲んでいるんですか」
ゴクロウはご機嫌そうに寛いでいた。
ハルシと、その父親であるユクヨニも揃って髪が濡れていた。男三人仲良く裸の付き合いという訳である。
「早かったな。俺はゆっくり風呂に浸かったぞ、ん」
酔っ払いは嫌いである。
「帰っていいですか。報告は終わってますよね」
調査報告は下戸のハルシがきちんと済ませているのは間違いない。来る意味があったのだろうか。
「ほうら、アサメちゃん大好物の干し桃ですよお」
魚釣りをするように餌を差し出した。
「はあキレそうこれ」
苛立ちで青筋が浮く。酒を飲むと言動に幼稚度が加わるゴクロウであった。
踵を返そうとしたアサメだったが。
「アサメ様、改めてご挨拶をさせてほしい」
怜悧な男がアサメの元へ寄り、跪いた。
「夜光行商隊の取締役を務めておりますユクヨニと申します。馬上からの無礼なお声掛け、ご容赦頂きたい。この度の警護、誠に感謝致します」
実ににこやかな表情と声であった。いかにも女が好みそうな端正な顔で、本人もそれを自覚してのご丁寧な挨拶である。自負が強いのだろう。確かに商人向きである。
「はあ、どうも」
アサメは若干の抵抗を感じながらやや退き、味方になりそうなヒクラスキに視線を送った。
「うう、アサメや、酷い目にあったんだってねえ」
「いえ、まあ、なんとか無事です」
泣いていた。小一時間もしないうちにすっかり出来上がっている。ヒクラスキは泣き上戸であった。
それとかなり話を脚色している気がする。アサメはゴクロウを邪険に睨む。
「ほら、まだ話が終わってないんだからこっち座れ」
どこ吹く風と隣に空いている椅子を叩いて促してきたが、全く関わりたくない。
だが談合が続いているのならとアサメは溜息を吐き、唯一の素面であるハルシの隣にすとんと腰を下ろした。
「なんか悪いね。どうぞ」
ハルシに注いでもらった果物水を受け取るアサメ。
「ありがとうございます」
気の利く男である。
「なんだよう、こっち来いよう」
「い、や、で、す」
対するこの男の体たらく。腑甲斐ない。
「はいはい役者が揃いましたよ」
ハルシの催促にユクヨニは席へ戻ると、果物水を飲んで一息吐いた。
「では簡単に。ゴクロウ殿には今し方ご説明致しましたが、アサメ殿の同意が絶対に必要との事でしたので」
「私の同意。何ですか」
何かな何かなと鼻歌を歌うゴクロウはヒクラスキに酒を注いで自分にも注ぎ、ごくごくと呷る。だらしが良いのか悪いのか。
一瞥した視線をユクヨニに戻す。
「仕事の斡旋です」
「仕事」
アサメは頷きを繰り返して話を促す。
「はい。お二人の事情はハルシやヒクラスキからお伺いしております。今後、各地で活動するかと存じますが、その上で絶対的に必要な道具は資金でしょう」
商人らしい言い回しである。
「そうですね。間違いなく」
「もう一つはご自身の身を守る武具。欲しいですよね」
「欲しい、です」
「よって、我々夜光行商隊から火急の依頼という形でヨラン氏族大移動の護衛任務をお願いしたい。勿論、弾んだ報酬を提示させて頂きます」
成る程、とアサメは頷いた。
「そして無礼にも族長容認でタダ働きさせてしまった分も上乗せさせて頂きます」
「ユクヨニよ、人聞きが悪いぞ」
「俺が勝手にやってんだって言ったんだけどね」
「労働者には衣、食、住、金、金、金です。私が許しません」
ユクヨニ流の商人節で酒臭い野次を収めた。
「任期開始は契約時から、満了は凍土の王の沐浴地到達まで。内容はヨラン氏族の夜光族一六六名を誰一人として欠かす事なく無事に大移動を遂げること。依頼完遂を認めた暁には後払いで二ヶ月分の活動費、前払いとして貸与した武具の譲渡。万が一でも消耗したとあっては補填も致します。我々の満足する結果であれば更に特典もお付けしますが、いかがですか」
すらすらと口上を述べていくのを、アサメは呆けたように飲み込んでいく。
願ってもいない。アサメはゴクロウを見つめる。
ゴクロウもアサメを見つめ返した。
「お受けします」
そしてユクヨニもゴクロウの方を向いた。
「よろしく頼むよ、ユクヨニさん」
ユクヨニはにっこりと微笑んだ。
「成立ですね。仔細の契約書を書いてお持ちします」
「それよりさっそく得物を見せてくれよ。頑丈なやつがいい」
「どうぞどうぞこちらへ」
ユクヨニとゴクロウはさっさと部屋を出て行った。
「ゆっくりしている時くらい仕事は止めんかい、全く」
「本当ですね。じゃ俺もここで」
「待てユクヨニ」
「いや俺、ハルシ」
「そうだ、おまへはハルシだ。きさまの陣頭指揮の不手際に物申さねばな」
「じゃ、おやすみなさい」
アサメは厄介事に巻き込まれないよう、さっさと寝床へと帰っていくのであった。
「あ、いや、ちょっと御婆上、飲み過ぎ。ああ俺を一人にしないで」




