そこに住まう者たち 9
闇深い雪の森に青い光の隊列が往く。
屋根付きの大きな馬橇と、それに付き従う巡回者達が黒々とした樹々を縫うように滑り抜けていく。地形に沿ってただ向かうのではない。定められた複雑な進路をあえて通過、儀礼とし、秘密の鍵とする。日陰の園への道がひっそりと開けていく。
馬が通りやすいようにざっくりと雪を掃き、道を作りつつ先を急ぐ。やはり迫力ある馬橇だ。道理で拡幅作業が必要な訳である。
ついに辿り着いた先は、切り立つ崖に密生する真っ白な藪の壁。行き止まりだ。先導するハルシが一足先に駆け出すと一本の樹の前に立ち止まる。そこいらに群生する黒い樹となんら変わりはない。それに触れ、枝を手折る。
不思議なことに木の折れる音は立たず、だが枝は消えた。
すると間もなく白い藪が自ずと屈折し、枝葉をくねらせ、隠し道を露わにしていく。
日陰の園へと通ずる門だ。
隊列の最後方、ゴクロウとアサメは潜り抜けていく。
「こんな出入り口、出発に通った記憶がないな。あるかアサメ」
「貴方がどうのこうのと無駄口を叩いていたので覚えていません」
「だよな」
背後を振り向けば藪の道は閉ざされていく。
前を向けば人の手で整備された雪道。帰ってきた。
ハルシ率いる巡回部隊は一難を乗り越えた。
約一時間半遅れで無事に任務を完遂。
園の中心部へ向かうと、大勢の夜光の民が行商隊の到着を心待ちにし、歓声を上げて出迎えた。
「やっとこの臭いから解放されるな」
「本当ですね。じゃお先に」
「あとでちゃんと族長屋敷に来いよ」
アサメは返事もせず一目散と走り去って行った。
相当我慢ならないらしく、途中に流れる川へ飛び込もうとしていた程である。
それよりも、と凱旋する馬橇を見やる。ゴクロウは降車した夜光の人物達が気になっていた。誰もが同胞から親しげに囲まれていた。
中でも一人はハルシと堅い握手を交わし、抱擁する。
確かな親子の絆がそこに垣間見えた。
ゴクロウの視線に気付いた一人の男は此方を向き、深い夜光礼を示す。
ゴクロウもそれに応じる。
怜悧に整ったかんばせはどことなくハルシに似ており、そして瞳に込められた熱量はヒクラスキにも引けを取らない。
「先程は馬上から失礼を。改めて私、ユクヨニと申します。先導と警護、大いに感謝致します」
「ゴクロウと名乗る者です。ご無事で何より」
「此方こそ。ゴクロウ殿のお陰で日程通りに事が進められそうです」
ユクヨニの言う通り、もしゴクロウが隊列に加わっておらず、泥暮らしをのさばらせたままであったのなら。迂回どころか襲撃の憂き目に遭う危険性があった。
「それならば暴れた甲斐がありました」
顔に似合わず、ユクヨニは豪快に笑った。
「燃え盛る火球と、そのすぐ傍で打ち合う我が子と大男。最初は何事かと焦りましたよ」
確かに、遠目からすれば虐めているようにも映るだろう。
ユクヨニはハルシよりも線が細い。身体を鍛えている様には思えなかった。組み手と死合の区別がつかないのも納得である。
「色々とあって、今はハルシと行動しております」
「貴方の事は何度もお聞きしましたよ。是非、ゆっくりと話をしたい」
ところですが、とユクヨニは言いかけて振り向いた。
「お前さん達。遅いよ。ユクヨニ、お前さんもどこをほっつき歩いて」
のそりのそりとやって来た族長ヒクラスキは、顔を顰めた。
臭かろう。
「どうしたゴクロウよ」
老婆は目を鋭くさせ、ゴクロウの爪先から頭の天辺までじろじろと睨む。
「この臭えのは、お近づきの印みたいなもんだ。愉快な礼だろ」
ゴクロウはあえて言葉を濁した。
「全く不愉快だね。早く洗ってきな」
汚れた臭いが気になって話を聞いている者が他にもいる。泥暮らしの言葉を聞いて不用意な混乱を招かない為の配慮である。
「そうしたいところだが、狭い風呂で、しかもアサメと一緒はなあ」
諸々の事情を察したヒクラスキは目を瞑り深く嘆息すると、わかったと頷く。
「あたしらの家をお使い。あまり汚すんじゃないよ」
「承知承知ぃ」
やった、とゴクロウは心の中で小躍りした。
ゆっくり足を伸ばして温まれそうである。




