そこに住まう者たち 7
アサメの応急処置を女性の巡回者に任せた。
彼女は恐怖に怯えきっている。ただでさえ青白い顔をさらに蒼白させていた。何度も心配の声を掛けながらアサメを森へ連れ添っていく。
恐れ慄いているのは彼女だけではない。
穢れた雪原にはどぶの臭気が漂い、夥しい血と無残な死骸がぶちまけられている。巡回者の誰もが恐怖し、震えた眼で凄惨な光景を眺めていた。
「すまない。駆けつけたはいいが、もう殆ど決着がついていて、それでも加勢するべきか迷って」
しどろもどろなハルシの肩を、ゴクロウは軽く叩いた。
じっとりと汗ばんでいる。これが正常な反応だろう。
「俺が勝手にやったことだ。お前達が下すべき行いじゃないのはよく判っている」
ハルシは深く深く深呼吸し、震える身体を抑えつける。
その視線は死骸へと向いていた。
「泥暮らしだ。生ける自然、穢土の眷属の一つ。地下では同胞、地上では人種の屍肉を喰らって成長するんだ。来る大戦へ向けてね」
ゴクロウはこびりついた鼻血を拭い、唾を吐く。
「不吉な連中だな。生きる実感を血肉で満たしたいらしいのはよく伝わってきた」
「この様子じゃ、もしかしたら行商隊は別の道を辿って避難しているかもしれない。湿原は彼等の住処で、一度湧くと曇天郷のあちこちから出没しだすらしいから。ああ、何もこんな時期に」
あからさまに動転するハルシの肩を、ゴクロウは励ますように力強く掴む。
「何にせよ、待ちだろ。すぐに連絡はつかないんだよな」
「そうだな。まず、彼等を燃やそう。強い意志を持ったまま死んだ肉体に精素が宿ると、死骸人として起き上がることがあるから」
「そりゃ厄介だ。急ぐか」
それにしても臭う。
腐葉土の元を辿り、泥だらけの雪原の周りをよく観察する。
「こいつか」
地下から這い出たと思われる大きな縦穴が一つ。
覗くとどこまでも深い。地下の何処から調達したのか腐れた木枠で補強され、足場や梯子が見て取れた。
長い年月を掛けて掘削された地上への隧道は鼻が潰れそうな臭気と穢れた闇で奥深く横たわっていた。
この先に進めば泥暮らしの文明に辿り着くだろうが、わざわざ探索する気分など一つも湧かない。第二波の襲来を防ぐ為に出入り口を可能な限り破壊し、使い捨ての粗末な得物やら除雪した雪やらを全て底へと投げ捨てた。
ゴクロウを中心に死骸を運び、一ヶ所へまとめて大掛かりな薪を組む。
死骸の頭を数えると二五体。およそ二分隊分をゴクロウとアサメのたった二人で壊滅させたわけである。
火口に火を灯す。
細かい薪へ火が移り、次第に大きな火炎へと変じていく。
鼻周りを手拭いで覆った巡回者達は火を囲み、全員で礼を捧げた。
火を見つめ、左手を胸の前で立てる仕草。普段の挨拶とはまるで異なる。
感応術により火勢は常時よりも数倍早く燃焼速度を増し、大炎となって泥暮らしの死骸山を紅蓮が覆い尽くす。肉が焦げ、脂が溶け、ばちばちと爆ぜて火の粉が天へと昇っていく。周囲の雪は溶けて水蒸気となり朦々と煙を上げていた。
ゴクロウは彼等の姿を後ろから黙って見つめるだけ。
「願わくば新たな運命を」
そう告げたハルシに続いて他の巡回者達も同じ言葉を重ねた。
死者を弔う朧げな彼等は冥界の使いのように思えた。
「祈りは届いたか」
ゴクロウの純粋な問いかけに、ハルシは険しい面持ちのまま。
「どうかな。未練なく消えてくれと願ったけど、不信心な俺なんかの声を聞き入れてくれるとは、思えないな」
ハルシは複雑な表情だった。なんとか受け入れようとして、だが飲み込みきれない気持ちや感情があるように思えた。ゴクロウは何も答えずそうか、と短く返した。
曇天の向こうの陽が沈みきる。
夜光の青い人々が広大な暗闇に浮き上がり、大きな炎の塊が森の狭間で燃え盛って煌々と周囲の色を炙り出していた。




