そこに住まう者たち 2
巡回者らは各々、身支度を整え始めていた。少々話し込んでいたらしい。
ゴクロウは雪を蹴って焚き火を消し、二人分の荷物が入った背負子を再確認する。携帯食料、非常食、裁縫用の骨針や血止めの軟膏の入った薬箱、緊急避難用の簡易天幕に寝袋。木製の円匙に縄や石製ナイフも入っている。準備万端。
ゴクロウはアサメの分も含めて軽々と担ぐと、その上から漆黒の毛羽立った外套を被った。雪山で死にかけた際に目にした巡回者の衣である。
七名の変則二列縦隊が五組、既にこちらも整っている。賑やかだが内容に私用はなく、周辺地域に関する情報共有や調査に関する注意点の再確認などである。
ゴクロウとアサメはハルシが先頭に立つ隊の後方に加わった。進行速度の管理や、隊列に異常が無いかを常に観察する等、極めて責任のある位置である。
ヨラン氏族巡回者部隊代理分隊長であるハルシの采配である。
「よし、みんな。揃ったな」
先頭に一人立つハルシが此方を向いて声を張った。
「第三七回目の園外調査を開始する。六日後の大移動に向けた園外調査も今日を含めて残り二回だ、気を引き締めていこう。今回、俺達の隊は南南西方面に進路を取り、行商隊入林時の導線確保及び整備、合流後は不凍池の日陰の園まで送迎する。害獣や悪性霊、野盗の報告は上がってないが、補足時は速やかに報告を頼む。また他部隊との情報共有だが」
ハルシの声は凛とした発声でよく響く。聞き取りやすい。
日々、何度も繰り返した作戦概要の説明を簡略化して述べる。
「そしてみんなも知っていると思うが、今回は特別に客人のゴクロウとアサメに手伝って貰う事になった。ゴクロウは特に優れた探索、生存技術の持ち主だ。気付いた点があればしっかり学んでいこう。一言頼む」
ハルシもまた優秀な巡回者だ。
絶対絶命の局面から救い出してくれた命の恩人であることをゴクロウは改めて思い出した。
「食えそうなモノが走っていたら教えてくれ」
「無闇に教えないようにッ」
笑いが起こる。張り詰めてはいるが、強張ってはいない。手慣れているのだろう。頼もしい空気感だった。
簡単な作戦概要の説明を終え、早々に行進開始。
「あの」
アサメの方から珍しく声を掛けてきた。
背負子の上から被った漆黒の外套のせいで背中が大きく膨らみ、異常発達した体格となったゴクロウを見つめ、一言。
「本当にゴリラみたいですね」
「ハルシ班長、不要な私語を繰り返す生意気語彙力無し娘がいます。しかも暴言ウポです」
「二人とも、今はまだいいが園外に出たら不要な痴話喧嘩はやめてくれよ」
小競り合いが続く。
賑やかな隊列は、園外の闇へと向かって行った。
曇天から降り注ぐ微光。
昼下がり。空を見上げて時間を感じるのは実に久しい。曇天郷の名の通り、この地が日光に晒される日は年に数回しかない。黒い森は鬱蒼とした明るみを保っていた。
ゴクロウとアサメは踏み慣らされた雪道を進む。視覚で捉えられる人はいないが、不可視の脚達が進む先の雪を蹴散らしていく。
夜明けには姿が消え、日没と共に青白い人影を現す。それが夜光の一族達である。
「アサメ、外に出てもやっぱり夜光族っぽいままだな」
「もうどっちでもいいです」
ふん、と紫紺の眼を逸らして黒髪を揺らす。
投げやりだ。夜光の精素が満ちていない外ならば、と期待していた様である。感応術を訓練すれば近くに夜光族が居ても元の銀髪鋼瞳を維持できるとヒクラスキから教わったとの事だった。
「むしろこっちの方が見慣れてきた」
「私も元がどうだったか、忘れました」
「今のままの方が可愛いぞ」
「一秒でも早く元に戻ります不快極まりない」
「はい作戦成功がんばって」
「あああ腹が立つつつ」
「おおい後ろの二人ちょっと声が大きくなってきたぞ」
ハルシの声に窘められた。前方を向くが当然、姿は消えている。
日中においては姿を捉えられない夜光族との行進だが、二人はすぐに順応した。
視界だけに頼らず足音を聞き、息遣いや声の反響具合を聞き、時には雪に足跡がつく瞬間を捉えれば大体の位置を予測できる。大自然を満喫する余裕は充分にあった。
生い茂る高い樹々の幹はその殆どが墨のように黒い樹皮を有し、雪に閉ざされてもなお暗い葉を散らさず蓄えていた。この森がより闇深く感じるのはそのせいだろう。地に張る根は細く、だが髭のように密集している。触ると非常に堅く、叩くと鈍重な感触が掌に跳ね返ってきた。そんな生命力溢れる立派な木がそこらじゅうに乱立している。深呼吸が心地良い。
雪の上に転がる硬い木の実を拾う。味が良いのだろう、殆どが割れて殻のみが散らばっていた。活発な齧歯類が餌場にしている証拠である。野生動物の痕跡は他にもある。やすりで削られた様な樹皮は黄粉鹿の捕食跡、雪を掘り返した跡は豆栗鼠の巣。もし、爪の様な欠片が落ちていたら毛角熊が獣道としている可能性が高いらしい。ぜひ跡を追いたいと言うと全力で止められた。
己の痕跡を残すのは動物だけではない。
「二人とも。ハルシだ。こっち」
小休止の折、姿無きハルシは大袈裟に雪を踏みながらゴクロウとアサメに声を掛けた。
「何か見つけたか」
「ああ、あの辺りを見てほしい」
雪に描かれていく矢印。その先を注視する。
ただただ針葉樹が密生する、この黒い森においては何の変哲もない白と黒の景色。
「ん、どれだ」
「じっと見つめてみるんだ。すぐ解る」
「あっ」
先に声を上げたのはアサメだった。
「今、樹が動いたような」
がさり、と一本の樹に変化が起きた。




