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そこに住まう者たち 1

 ゴクロウとアサメは午前の仕事を終え、修練場にて巡回者との訓練をこなし、昼食の時間を取る事にした。

 殆どの者はいくつかある焚き火の周りを立ち囲んで談笑し、あるいは腰掛け、両手の指で事足りる数の女性巡回者らは天幕で(かしま)しく過ごしていた。有事の際にすぐ持てるよう、誰もが(そば)護人杖(ごじょんじょう)を置いて、または雪上に突き立てて食事を取る。

 一人だけ、つっ立てた棒にぐったり(もた)れ掛かる者がいた。


「はあ、はあ」

「よし、今日もお疲れさん」


 汗だくになって息を上げる夜光の青年ハルシの背を、ゴクロウは軽く叩く。

「いや、この後、外へ向かうのにこれは、きついよ」

 対するゴクロウは汗を軽く拭いただけで平気な顔をしていた。干し果実入りのパンで溶かしたチーズを挟んでがつがつ食うと、果実水を一気に流し込む。


「よし、出発だ」

「待て、早過ぎるって」


 いつもの二人漫才に巡回者らがこぞって笑う。天幕の中からも二人をみて楽しそうに声を上げていた。

 ゴクロウとハルシといえば、このヨラン氏族でも師匠と弟子で名が通っていた。


「待ちに待った園外調査なんだって。やっと肉を狩れる」

「遊びに行くんじゃないからな、弟子よ」

「うっすハルシ師匠」

「いや逆だろ」


 他の誰かが突っ込みを入れる。

 当初はゴクロウ、アサメの飛び抜けた戦闘水準に萎縮(いしゅく)気味だった彼等だが、ゴクロウのひょうきんさと夜光の一族特有の歓迎体質により今ではすっかり馴染んでいた。

 ゴクロウはちらりと天幕を一瞥(いちべつ)する。アサメといえばいつも通り無愛想だが。


「や、これ可愛い」「ほんとほんと」「鹿角盛り」


 女性陣に囲まれてもみくちゃにされていた。

 為されるがまま、黒髪がお洒落に飾られていく。

 紫紺(しこん)に染まったままの視線と目が合うと『何を見ているんですかこのゴリラ』と瞳孔をかっ開いて睨まれた。幼い容姿に人気を助けられている様なものである。

 夜光の一族は皆、穏やかで人が好きなのだとゴクロウは改めて思う。誰かが誰かの悪口を言い合っている姿を見たことがない。軽口を叩くことはあれど、そこには必ず敬する念があった。ゴクロウはいつでも気分良く過ごしていた。

 緩んだ交流が過ぎ、出発の時が近づいた頃。

 族長ヒクラスキが杖をついて修練場に現れた。夜光礼は目下の者から、そう教わってからはゴクロウもアサメも先に率先して行うようにしている。

 ヒクラスキは礼を返すとハルシとゴクロウの元へ寄った。


「ハルシよ。行商隊からの鳩は来たか」


 馬鹿孫から始まらない場合は真剣な時だ。ハルシも襟を正す。


「予定だと夕刻には着くと父から」

「うむ」

「取り急ぎ必要なものだけ置いて、凍土の王の沐浴地まで一足先に向かうとのことでした」

「ユクヨニも忙しい奴じゃ。たまにはゆっくりしていけばいいものの」

「本当に。でも雷拝(らいはい)祭で旅の話をゆっくり聞けますよ」

「ふん。族長は長い会議に儀式で忙しいんじゃ。お前は気楽なものだよ」


 へへ、とハルシは嬉しそうに笑う。かなり弛緩した顔だ。何か良いことがあるらしい。


「ゴクロウよ。気合とやらの入れ方が甘いんじゃないのかえ」

「だな。明日からは血の涙を流すまでやろうか」

「いやだ、それは勘弁」

 泣きそうな顔で懇願(こんがん)する。いつもの事だ。

「それよりもゴクロウよ。お前さんの護人杖(ごじんじょう)、見せてみよ」

「ん、型か」

「いや、そのものだ」


 ヒクラスキはゴクロウの愛用する八角棒を指した。ほぼ新品から日々使い込んで角に丸みを帯びた、元はハルシの予備だった護人杖である。言われた通りに手渡すと、慣れた手つきで一回し、確かめるように振るう。

 何気ない動作だが、ゴクロウは息を呑んだ。

 老婆が棒を構えた瞬間、鳥肌が立つ。

 これが敵なら今、不可視の必殺域に踏み込んでしまっている。


「そりゃ、ずるいな」


 ここにいる誰よりも、それは自身とアサメも含めて、この老婆こそが最強の棒術使いであると確信した。


「ふん、不意は兵法の基礎だろうに」


 妙な緊張が走る。ヒクラスキは不動のまま不動に終わる構えを解いた。

 気付けば溜まったままになっていた肺の息を、ゴクロウは一気に押し出していく。


「みよ。重厚な芯が込められておる。闘者たる証だ。見比べるとよりわかるぞ」


 ヒクラスキはハルシの護人杖をいつの間にか手に取っていた。持ち主があっと声を出したが、本人さえも気付くのが遅れるほど自然な動作であった。

 右手にはゴクロウ、左手にはハルシの護人杖。ほぼ一緒だが、ゴクロウの得物は僅かに(くす)んでいるだろうか。

 ヒクラスキは角度をつけて持ち替え、角彫りされた先端を見せつける。


「感化し始めているな。すごいぞゴクロウ。久しぶりにみた」

「これも意志による精素(せいそ)の介入か」

 そうだ、と楽しげなハルシは交互に指差した。

「ゴクロウのは年輪のような渦が浮いて見えるだろう。俺のは、うん。なんともない」

「うむ。所有者の強い意志が道具に影響を与える事例は少なくない。ハルシよ、持ち比べてみい」


 受け取った瞬間、おお、と感嘆の声を上げた。

 何度か持ち比べ、自身のを小脇に抱えるとゴクロウの護人杖を両手で手に取った。


「重さが全く違うな。それに硬さが、しっかり握った時の反発具合というか、押し返してくる感じがする」

「ほう。そこまで見抜くとは鍛えられている甲斐があるじゃないか」


 感心感心、と馬鹿孫を珍しく褒める。へへ、と笑わず少し照れた顔をした。

 ゴクロウも同じく持ち比べる。

 ふむ、とぶつぶつ呟き出す。


「重量もそうだが、軸が通って重心が生まれているか。しなる、と思っていたが振り慣れて俺の技量が上がった他にもそういう理由もあったとは。それに、より強度も増した。元々の材木が持つ柔軟性にこの妙な年輪、ふむ、やはり内側と外側では小突いた時の硬さが違うな。まるで鉄筋混凝土(コンクリート)だ。これで靭性、粘り強さが生まれて容易には折れなくなった。これでもっと多くの敵を屠れる。それに色味も艶が出て」


 武器愛好家はまだ喋る。

 ヒクラスキとハルシは顔を見合わせ、始まったと眉を上げた。こうなると止まらない。


「それくらいにしておいたらどうですか」


 振り向くとアサメがやはり呆れ気味に助け舟を出した。


「おや」

 ヒクラスキの顔が綻ぶ。

 黒髪が二本角に逆立った仏頂面の少女。前衛的な変身を遂げた姿を前に、ゴクロウもにやりと笑った。良い言葉を思いついたらしい。


「アサメノコギリクワガタ」


 びきりとアサメのこめかみに血管が浮く。

 眼は怒り、だが口許が引き攣る。良い学名を思い付いたようだった。


「ウンチクウゴリラゴリラゴリラ」

「ゴリラは知能が高い反面、精神的にどうしようもなくなると下痢しやすくなるウポ。それと」

「はいはいはい蘊蓄(うんちく)蘊蓄」

「それにしても尻尾の次は角か。牛にでもなるのか、お前」

「これは、髪の、毛、あ、ほつれてきた」

「牛肉食いてえな」

「おい、無視するな、です。おい。くす、そゴリラ」

「ちゃんと濁して言えてエラいウポ」

「あああもう馬鹿あああああッ」


 ぎゃいぎゃいと煽り合戦である。

 取っ組み合いまでには今までも発展してないが、煽り弱め耐性低めのアサメが殺気を高めていくせいで誰も止められない。


「ハルシ、ゴリラとはなんさね」

「ごつい狒々らしいよ。ゴクロウみたいな」

「なるほどのう、おほん」


 わざとらしい咳払いをしたヒクラスキは天井を見上げた。


「そろそろ時間だ。ゴクロウ、アサメよ」

「ん」

「はい」


 痴話喧嘩がぴたりと止まる。


「これからお前さんらは我等が派遣する行商隊を送迎することになるが、隊長のユクヨニは曇天郷でも名の通った商人だ。それに社会情勢や客人の事情にも精通しておる」

「ああ。尊敬する父だとハルシから伺っている」

「うむ。交流することでお前さんらの往く道が開けるだろう。良き出会いになるよう祈っておるよ」

「俺達も楽しみだ。族長殿、酒をたくさん用意して待っていてくれ」

「お前さんに出したらすぐなくなっちまうわい。馬鹿者」


 ヒクラスキはふん、と嬉しそうに鼻で笑い飛ばすと踵を返して屋敷へ戻っていった。実に上機嫌そうである。


「御婆上は居ても立ってもいられないんだ。俺もだけど父上とはしばらく会っていなくてさ」

「じゃあ俺達も早く準備をして行こうぜ」

「ああ、急ごう」


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