ゴクロウとアサメ 14
曇天の向こう、太陽が沈む頃。
夜光の休息地はいつでも外が暗く、日没の判断を視界で感じ取るのは実に困難であった。族長の一家から夕餉に招待されたゴクロウとアサメは有り難く厚意を頂戴する。
長大な一つの囲炉裏にずらりと並ぶ、青く朧げな夜光族達。
「曇天様の座す地と齎し賜う恵みに感謝を」
氏族長一家、族長ヒクラスキを上座に総勢十五名。
揃って祈りを捧げる。
薪の赤熱がより鮮明に、漂う光珠が白からより温かみのある暖色に。明から暗へ、また明へゆっくりと明滅する。なるほど、夜光の名の由来を感じる光景だ、とゴクロウは圧倒されていた。これも精素なるものが彼等の意志に感応し、不可視である祈りが明らかとなって信仰対象に届くのだろう。
粛々と交わされていく様は実に神秘的だった。
末席のゴクロウとアサメは郷のしきたりに従い、見様見真似で礼をする。
「君達は律儀だよな」
隣に座ったハルシは疲れた顔で呟いた。
「俺達のような流れ者に手を差し伸べる夜光族こそ、実に寛大だ。本当に感謝するよ」
「敵意のない客人にはね。それが教えなのさ」
「しかし、この儀礼を前に黙って食うのは流石に気が引けた」
「そうか。俺はしきたりばかりでお疲れだ」
アサメは黙ったまま突き叉を構え、どれから食べようか迷っていた。
菜食が並ぶ。青と赤の小さな果実が散りばめられた菜葉の盛り合わせ、笹の葉で包まれた木の実入り蒸しパン、雑穀と山菜が入った芋煮、チーズと細切りにした根菜を香油で和えた一品。囲炉裏には大きな石鍋に芋煮がこれでもかとくつくつ煮えていた。
「肉や魚は食べないのか」
「ああ、動物の肉は全て土に還す。肉食には物足りないだろ」
「まあな。欲しければ自分で獲って食うさ」
「それが良い」
供された食事は滋味溢れるものばかりで薄味でも充分な満足感を得られた。栄養素がどんどんと蓄えられていく。
賑やかで、どこか風情のある食卓風景が広がっていた。
小悪党も真っ青になるほど強面のゴクロウである。若干の怯えが見受けられた族長一家の面々であったが、この男は戦闘行為が関わらなければ明るく気さくで人当たりが良い。生まれて間もないハルシの甥が大人の会話につまらないとぐずり始め、それをゴクロウがひょいと片手で抱き掲げてあやした辺りから一気に距離が縮まった。
家族同然に交流していたゴクロウであったが、アサメといえば黙々と食事を取っていた。あれはどう、これは食べれるかと世話焼きなハルシの姉、ヘトエには対して、たまに返事をする首振り人形と化している。自分から話しかけにいくというよりかは、何を話したらよいのか判らないといった風である。
アサメはとにかく仏頂面で愛想が無い。でもそれが小動物的で可愛いと女性陣は語っていた。少し褒められると満更でもない表情になるのが実に子供らしいが、子供扱いをすると拗ねるのでゴクロウは何も言わなかった。
「アサメ、お前それ食わないのか。美味いぞ」
「どうぞ」
チーズだけが綺麗に残った和え物を寄越してきた。食も細いのか、完食したのは蒸しパンだけであとは少しずつ残っていた。あとは香茶を飲んで満足らしい。
「じゃあぜんぶくれ」
ゴクロウの食欲は凄まじく、鍋の中身をほぼ一人で平らげ皆を驚かせた。食後も談笑が続き、香茶を楽しみながらゆっくりとした時が進む。
「お前さん達、これからどうするんだい」
ゆったりとした椅子に腰掛けたヒクラスキは乳酒を片手に尋ねてきた。乳白のつんとした酒精が気になって仕方がない。香茶で我慢、とゴクロウは喉を湿らした。
「命を救って頂いた礼がある。暫く働いて恩を返すが、まだまだ知らない事だらけだ。この世界について学びながら、近いうちに行き先を決めようと思うんだが」
そう言いながら、三角座りをしたまま香茶を啜るアサメの方を向いた。小さくこくりと頷く。少し眠そうであった。
「私も同じ意見です」
そうかい、とヒクラスキは漆器をぐびぐび呷る。
「馬鹿孫からも聞いたと思うが、身の回りの面倒事は全部ハルシに任せてあるから詳しくは明日聞きな。ゴクロウ、お前さんはきっと働き者だろうから、ぼろ雑巾になるまでこき使ってやってくれ」
ハルシはあからさまに嫌な顔をする。
「ゴクロウに絞られたら本当にぼろぼろになるよ」
「くく、人も雑巾も絞る時はゆっくりじっくり締めるのが重要なんだ。一気に気合いを入れるとすぐにへこたれて使い物にならなくなるからな」
極悪人面で雑巾絞りの手真似をするゴクロウ。
「そんなあ、数秒でボロ雑巾だッ」
本気で青ざめるハルシに皆が笑う。
楽しい夕餉を終えた後も、和やかな雰囲気はアサメが眠り落ちるまで続いた。
「戻るぞアサメ」
ゴクロウは微睡む少女の頬を突いた。
「んう」
仏頂面もかなり気が緩んで無垢な表情になっていた。大人しくしていれば実に見目麗しい少女である。口振りは容姿に反して大人のものだが、この姿から十年も経てば歳相応になろう。
生き抜き続ければ一生の付き合いになる。いや、彼女が望むものを掴めばそれぞれの道が待っているだろう。どんな運命となろうとも、全力で進み続ける。それだけだ。
頬をぷにぷにし続けると、ぼんやりとした紫紺の瞳と合った。
ゴクロウの手をふにゃふにゃと寝惚けて握る。
「ほら、おんぶしてやる」
「ごうこく」
「痛でででッ、またかよッ」
表情のまだ読めない彼女を知りたい。ゴクロウは切実に思うのであった。




