ゴクロウとアサメ 11
そっぽを向いたままのアサメの横顔は戸惑いや不安、苛立ちが複雑に表れていた。すでに知った上でまだ受け止め切れていないのだろう。
「アサメの瞳や髪なんかは特に影響を受けやすい。特定の性質に変成した精素を多大に感受し、身体を守ろうと適応してこうなる。今、この子が黒く紫紺に染まっているのはあたし達、夜光の一族が帯びる精素に反応しているんだ」
しかし可愛いねえ、と付け足され、アサメはむっと唇を曲げた。
「ふうん。なら、貴方方の身体も精素でできているわけだ」
「いや、あたし達は歴とした肉体を有している。曇天郷に住う精素が夜光族の血に反応して朧げにさせているさ。生命活動が終われば他の動物と同じように朽ちて骨となる」
ヒクラスキは横を向いたままの少女をみつめたままでいた。ただ駄々を捏ねる我儘な少女でしかない。
この何処にでもいそうな、ありきたりな姿。
ヒクラスキは尊い存在でも拝むかのような神妙さで眺め、語った。
『半身とは、有機生物を超越した上位者。その肉体は器に過ぎず、朽ちても死なず。我等主身に生ある限り、幾度と蘇る。それは生と死を行き来す、魂の彷徨者』
ようやく一つ、腑に落ちそうだった。
アサメが凍死状態から息を吹き返した理由。とはいえすぐには受け入れ難い。自然の理からあまりにもかけ離れている。
「此方彼方彷徨記にはそう記されている。寒さや熱を感じにくいのはそのせいさ。思い当たる節はあるだろう、ゴクロウよ」
「確かにそうだ、が」
朽ちても死なず。事実なら、身体の形を維持する限りは動き続ける。
雪山でもし、夜光の一族が現れず、主身たる己が命を落としていたら。
「俺が死ねば、アサメも死ぬのか」
ヒクラスキは首を縦には振らない。
「そうとも言える。そうでないとも言える」
恐るべき気配が背筋を這う。
ヒクラスキの鋭く霊験灼かな眼差し。それがゴクロウを見やる。
「アサメは一度、この身で死んでいるね」
「ああ、だが蘇った。そのファブロとかいう者の語りは正しいだろうな」
ゴクロウはアサメを見つめた。何も受け付けたくない。頑なな表情だった。
ヒクラスキが咳払い、居住まいを正す。
「そこまでは合っている。ただし主身たるゴクロウが死んだ時、アサメがどうなるかは、判らぬ。お前さん達はそれほど、例外的な存在なのだろう」
沈黙。
重苦しい無音が、耳を劈く。
「貴方も私も、死ななければいい。それだけです。今までと何も変わりません」
アサメは静かに、はっきりと呟いた。
彼女はすでに覚悟を決めている。確かにその通りだ。だが虚勢に思えた。
この世界は得体の知れない危険に満ちている。そう簡単ではないと解っているからこそ、アサメは強張った表情で虚空を見つめていた。
「ちと温いね。眠くなってきた」
ヒクラスキは欠伸もせず、急に話を切り替えるとのっそり立ち上がった。
「ゆっくりしておいき。夕方にまた食事を出してやる」
族長はそれ以上は何も語らず、応接間を後にした。
語り部の居なくなった広い空間に言いようのない静けさが漂う。
ゴクロウとアサメが二人きり。
三脚ある内の一つの長椅子に、大きな男が一人と少女が一人。狭くはない。余裕があるのに移ろうともしない。なんとなく、顔を合わせて話しにくかった。
暫くの間、二人は唇を一文字に結んだまま。
「心配かけて悪かったな」
ゴクロウが先に呟いた。
返事は無い。
それ以上は何も取り繕おうとはせず、ただ待った。口が重いのは知っていた。夜光の族長が居なくなってもアサメの髪は夜の様に黒いまま、瞳も紫紺のまま。床に足裏が届かず、ぶらぶらと揺れる膝に乗せた小さな掌、その爪は光沢のある黒に染まっていた。
アサメは拳を握った。握られた黒衣に皺が寄る。
「彼等が助けに来てくれた時、私も貴方を運ぼうとしました。でもこの小さな身体ではまるで手が届かなかった。付いていくのに精一杯でした」
ゴクロウはただ黙って耳を傾けた。
「ヒクラスキが貴方の治療に乗り出した時、私も手伝おうとしました。邪魔だから出ていけ。一蹴されて終わりです」
震えた声だった。
「悔しい。悔しかった。死にかけている人が目の前にいて、出来ることがあったのに何もできなかったのは、本当に悔しい。貴方が何事もなく元気になった今でも、まだ悔しい」
言葉だけを喉から必死に捻り出す。少女の瞳は潤んでいた。瞬きするまいと堪え、やはり静かに雫が散った。
アサメは一つ、大きく深呼吸する。
「私達はもう一蓮托生です。それでも貴方は構わず無茶無理無謀無粋の限りを尽くします。止めてと言っても止めないです」
断言された。
「だな」
アサメは目元を拭う。
「だから、貴方に刻まれる傷を少しでも無くすために」
強い意志を以てゴクロウに向いた。
「私が暴れます」
剣呑な雰囲気が漂う。
一瞬、空気の対流が止まった。
「え、お前が暴れるの。いやいや」
しおらしさが一転、背筋を這う狂気に変わる。
肌がちりちりとひりつく。只者ではない。続く言葉を失った。
ゴクロウは思わず生唾を飲み込んでいた。
本気だ。
「ええ、私が前に出ます。それに貴方になら闘っても勝てそうなので」
面食らう。
だが。
「脚が完治したら、手合わせしましょう」
ゴクロウはゆっくりと頬を痙攣らせ、牙を剥いた。
情けを掛けられたのだ。黙ってなどいられるはずがなかった。
「表出ろ。今、ハッキリさせようぜ」




