46話 〖朱縁金の盃〗
僕の目の前に浮かぶ謎の盃。
それを見て、ふと10連の[有償ガチャ]を回した時に出たアイテムを思い出した。
〖朱縁金の盃〗
効果不明のこのアイテムがどんなものか分からず、使い道の見当もつかなかったので放置するしかなかった代物が何故か目の前にあった。
その器の中に謎の血のようにドス黒い赤い液体を満たして。
器自体が赤いにもかかわらず、それでも主張してくるほどの色合いの液体。
おそらくこれを飲むことで何かが起きるのは間違いなかった。
「うっ……!」
血のようだと思ったそれは鉄臭い匂いがしており、もうどう見ても血であった。
普段であれば絶対に飲むことは無いだろう。
だけど今は違う。
もう頼るものは何もなく、万策尽きた状態であり飲む以外の選択肢が存在しない。
もしかしたらこのアイテムはそんな状況でのみ使えるアイテムなのかもしれないなぁ。
僕は覚悟を決めて目の前の盃を手に取ると、器に満ちた血を飲み干した。
指を怪我した時に血を舐めたことはあるけれど、こんななみなみと入っている量の血を飲んだ事は無いせいか吐き気を催してきた。――が、そんな事はすぐにどうでもよくなった。
「があああああああっ!!!!?」
「「「「「「『えっ!?』」」」」」」
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!
体中が痛くて仕方がなく、気を抜けば意識を失ってしまいそうだった。
「先輩、ポーションを!」
乃亜にそんな事を言われてもあまりの痛みにポーションなんて飲んでる余裕も無く、ただただのたうち回る事しか出来なかった。
体が焼ける様に熱く、体の内側から火であぶられているんじゃないかと錯覚するほどだった。
『な、なんじゃあれは? 誰か何ぞ仕掛けたのか? むっ、何もしておらんか。よく分からんの』
【魔王】ですら困惑気にこちらを見ているようだけど痛みが酷くてほぼ気にする余裕がない。
体の中を異物が駆け巡っているかのようで気が狂いそうだった。
『よく分からんが、まあいい。そのようにのたうち苦しむようであれば早々に引導を渡してやろう』
ヤバイ。【魔王】が周囲の【魔女が紡ぐ物語】達に攻撃を仕掛けさせようとしているのが聞こえてくるけど何もできない。
痛みは大分治まってきたのに、こんな苦しい思いをしただけで終わるのか。
『せめてこれ以上苦しまずに死ぬがいいのじゃ。放て!』
【魔王】が掲げていた腕を振り下ろし、周囲の【魔女が紡ぐ物語】達に合図を送った。
………
………………
………………………
だけど何も起きなかった。
『馬鹿な!?』
【魔王】が驚愕の表情でこちら、というか僕を睨みつけてくる。
『何故じゃ!? 何故それを貴様が使える! それはローリー姉様の“怠惰”ではないか!!』
へっ?
完全に痛みが消え、【魔王】が何を言っているかは認識できるようになっているものの理解ができない。
確かに見渡す限り【魔女が紡ぐ物語】達が僕らへと攻撃しようとしている体勢で不自然に固まっており、【織田信長】のローリーと遭遇した時に似たような感じではあるけれど。
そんな風に僕が困惑している時だった。
『ふわ~っ、眠い……』
『ローリーお姉ちゃん!?』
横たわっている僕の傍で腕を枕にして寝そべっているローリーが現れていた。
今までこんな風に力を貸してきたことなんて一度も無かったのに、どういう風の吹き回しなんだろうか?
『何故ローリー姉様がそこに? ダンジョンのどこにもいないからどこへ行ったのかと思ったら、何故その男に力を貸しているのじゃ!』
『すぴー』
『起きるのじゃ!』
【魔王】に何を言われようともどこ吹く風。マイペースにローリーは寝続けているんだけど、僕としても何で出てきたのか説明が欲しいんだよ。
『う~ん、なんというかビックリだわ。こんな事が起きるだなんて思いもしなかったわよ』
『エバお姉ちゃんまで!?』
目を見開く【魔王】だけど、ローリーに続いてエバノラも出たということは……。
『キシシシ、エバ姉様だけではないわよ』
『クシシシ、当然私達もいるわ』
『フヒッ、かつての敵が味方になる展開ね』
『もぐもぐ』
『な、なんでお姉ちゃん達が出てくるの……?!』
普段[放置農業]にいて、ダンジョンの中くらいでしか出てこれない全員がこの場に出てきたようだ。
でも一体何故? 今まで魔女との戦いで出て来た事なんて一度もなかったのに。
『私としてはアグネスの気持ちはよく分かるから好きにさせてあげても良かったんだけど、やっぱりこれはアグネスがしたい事じゃない以上、止められるなら止めてあげるのがお姉ちゃんとしての役割かなって思うのよね』
『エバ姉様にワシの何が分かるというのじゃ! ワシはワシの〝怒り〟のままに動いておるだけじゃというのに』
『そんな風にマザーの殻を被って偽りの〝怒り〟に振り回されているあなたのこの行動が本心なわけないじゃない。
“憤怒”の特性を得る前はろくに怒りもしないくらい優しい子なのに』
エバノラが優しい目でアグネスを見ており、その視線を受けたアグネスがたじろいでいた。
そんなまるで悪堕ちした少女を家族が説得しているような感動的な場面で突如として挟まれる空気を読まないセリフを放つ3人。
『『あらやだわ。私達はそんな理由じゃないわよ』』
『フヒッ、もちろんわたしも』
『『へっ?』』
“強欲”と“傲慢”と“嫉妬”である。
『だって、ねえ。アグネスったら私達が支配していたダンジョンを奪い取ったのよ?』
『それに私達のモノを奪い取ったあげく、この子まで壊そうだなんて、ねぇ……』
『『許せるはずないじゃない』』
『ヒィイ!!?』
先ほどとは違い、アグネスは別の意味でたじろいでいた。
『こんなにも世界中から一身に注目を浴びてるだなんてズルいズルいズルいズルいズルい――』
『こわっ!?』
こんなにも情けない姿の【魔王】を見たくはなかった。
この3人を見てると思わず逃げたくなる気持ちは分かるけど。
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カクヨム様にて先行で投稿しています。




