39話 魔女の過去(10)
みんなが去った方とは逆、今も怒号を上げてこちらに向かって来ている騎士の方へとアグネスは向く。
「さて、やろうかな」
アグネスはそう呟き、ふっと笑ってしまう。
なにせあれだけ嫌がっていた特性を受け入れようというのだから。
果たしてアグネスはどうなるのだろう?
マリお姉ちゃん達のように性格が変わってしまったりするのかな?
そんな事を考えると思わず笑わずにはいられなかった。
う~ん、やっぱりああも性格が変わるのは何か嫌だなぁ。
そう思いつつもアグネスは覚悟を決めた。
ただし、そのまま特性を受け入れるわけじゃない。
前々から特性を受け入れてもなお最小限の影響になるよう考えていた方法がある。
「マザーさん……」
上手くいくかは分からないけど、このまま特性をモノにするよりはマシかもしれない。
「〝仮装〟」
自身の人格の上に別の人格を被せる魔法を使う。
自分と別の性格の何かになる事を許容できる人間はそうはいなくても、その別の何かが自分の好きな性格であれば受け入れられるのじゃ。
これで仮初の性格が本来のワシと特性の“憤怒”の間に入ることで、性格への影響を少なくできる、はず。
「マザーよ。ワシに与えてくれたこの力、受け入れる時が来たようじゃぞ」
ワシは目を瞑ると自身の内に眠る特性を解放させた。
――アア、ニクイ!
――家族ヲ殺シタ人間ドモメ!!
そこから溢れ出る“憤怒”の感情に、一瞬我を忘れそうになる。
じゃがそれではいかん。
人間が憎いのも迫ってきてるあやつらを皆殺しにしようとする意欲も問題ないが、今優先すべきはここを去った家族が逃げるための時間を稼ぐことなのじゃから。
そうして“憤怒”を受け入れしばらく経った後、すぐに馬に乗った騎士達がワシを遠巻きに取り囲んで来た。
「魔女、だな。王命により貴様らを処断しに来た。
他の者の居場所を言え。さもなくば死よりも恐ろしい目に遭う事になるぞ」
王族までこんなくだらない事に加担しておるのじゃな。
宗教が国に影響を与えすぎておるせいか。
はたまた姉様達がやりすぎて国が魔女に対して恐怖を覚えたか。
「馬鹿なことを言うでないわ。そんな事言われたからとて家族を売る馬鹿はワシらの中には1人もおらんわ」
どちらにせよワシが家族を売るはずもないし、何より憎き奴らが目の前にいてこの“怒り”を叩きつけぬわけが無かろう!
“怒り”に任せて貴様らへと襲い掛からずにここで待っていたお陰で、とうの昔に準備は整っておるのじゃから!
「そうか。ならば情報を吐かせるだけ吐かしてから殺すとしよう」
「貴様らが死ね。【魔女が紡ぐ物語】!」
ワシは3体の【魔女が紡ぐ物語】を創り出し、周囲を囲んでいた騎士共へと襲い掛からせる。
「ちっ、やはり使ってきたな魔女め!」
やはりエバ姉様達もワシと同じように【魔女が紡ぐ物語】を使ったようじゃな。
それにしてもマザーの人格を被っておるはずじゃが、“憤怒”の影響で不完全なものになっておるの。
元の人格がマザーの人格と混ざっておるせいで、マザーなら姉様などとは言わないのにそう思考してしまっておる。
気を抜けば元のアグネスに戻って“憤怒”の影響を受けそう……って、そんな事考えておる場合か!
今はこやつらを出来るだけ排除して、他の家族が逃げられるようにせねばならんのじゃから。
◆
「はぁはぁ、くそっ! 化け物め!」
「ふんっ、魔女だと言ったかと思えば今度は化け物か。好き勝手言ってくれおるの。ただの人間風情が!」
などと息も絶え絶えな騎士達に対して余裕そうな態度を振る舞うも、ワシはかなり追い込まれていた。
最初に創り出した【魔女が紡ぐ物語】3体は既に倒されており、なんとか時間を稼いで次々に【魔女が紡ぐ物語】を創り出すも、残念ながらこやつらを殲滅するには力不足。
いくらエバ姉様達のお陰で魔素を得やすい環境になったとはいえ、強大な【魔女が紡ぐ物語】を創り出すには時間も魔素も足りな過ぎる。
「よし、こいつも倒したぞ! 武器を手に入れた!」
その上【魔女が紡ぐ物語】の性質上、倒されれば倒した相手に報酬を与えることになるので、より敵が強化されていってしまう。
できるだけそういった武器を手に入れた奴を、そいつがその武器を使い慣れないうちに優先的に【魔女が紡ぐ物語】に排除させてはいるものの、全員もれなく殺しきることは出来ていない。
“憤怒”の特性で【魔女が紡ぐ物語】のリミッターを外して身体強化を行い、怒りのままに暴れさせているが、それでも戦い慣れている騎士共相手には攻撃パターンを覚えられたらむしろ理性がない方が不利ですらあるぞ。
時間が経つにつれ【魔女が紡ぐ物語】は倒され、ワシ自身の守りもろくに出来なくなってきた。
……じゃが時間は十分稼げたじゃろ。
元々目的は家族をこやつらから逃がすこと。
そのついでにこの腐れ野郎どもを殲滅出来れば御の字であったというだけよ。
とはいえ、このままここで騎士共にやられてくたばるのも面白くない。
どうせ死ぬのであれば有意義にいかせてもらう。
「我が想像と魔力を糧に物語を紡げ」
「ちっ、次の化け物が出て来るぞ! 全員警戒しろ!」
たわけ。警戒などどれほどしようが無駄じゃ。
「【クレイジーボマー】起爆せよ」
「クレイジー、なんだ? いや、この匂い。火薬爆弾か!?」
この【魔女が紡ぐ物語】はただ一度の攻撃をしのげば挑戦者の勝ちというもの。
人の何倍もの大きさの爆弾はすでに起爆まで秒読みとなっており、今から逃げるのではもう間に合わないじゃろう。
ワシもろとも道連れじゃ!
じゃが、ワシはただでは死なぬぞ。
姉様達のようにワシも家族のための礎となろう。
「「「うわああああああああっ!!?」」」
悲鳴を上げながら逃げようとする騎士を後目に、ワシは既に準備していた魂を抜き取ることが出来る【魔女が紡ぐ物語】に身を任せた。
そうして覚悟を決めて自爆したのに、まさかこの後があり、異世界の魔王と1つの身体を共有することになるとは思いもしなかったわけなのじゃが。
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