36話 魔女の過去(7)
人々のガス抜きの為の魔女狩りが行われたことにより、幾人もの無実の罪を押し付けられ処刑された。
「街から離れたところに住んでるあの女が怪しい!」
そんな末期な状況でアグネス達が目を付けられない訳がなかったの。
「40人もの子供を育てられる経済状況な上に、流行り病で誰も死なずに済んだことが恨みに繋がったようじゃの」
「そんな……。むしろマザーさんは一部とはいえ街の人達にすら薬を作って届けてあげたっていうのに!?」
「そんなもの街の人間の中のごく一部にすぎんからの。数千人もいる街の人間の中のほんの数十人にしか薬を配っとらんから、他の連中からしたらむしろそんな話を知っていたら問答無用でここにいる全員が捕まっておったのじゃ。
病を治す薬があるのに限られた人間にしか寄こさなかった利己的な魔女達だと言われての」
今、この家の周りには大勢が集まってきており、その人々は頻りにマザーさんに出て来るよう大声で叫んでいた。
「ただ幸いにも子供であるお主らではなくこの家の所有者であるワシを指名している辺り、ワシを殺してついでに全ての財を簒奪しようという腹積もりかの?
無理やり家を破壊して入ってこないのも、それが理由っぽそうじゃ」
「そんな冷静に言ってる場合じゃないわよ! 早くここから逃げないと!」
エバお姉ちゃんはマザーさんを説得するようにそう言うけど、マザーさんは首を横に振った。
「そうしたいのは山々なんじゃがなぁ……」
窓の外には大勢の人々がおり、その中には縄で縛られ拘束されているアグネス達の家族が数人そこにいた。
「人質だなんて卑怯な事するじゃないの……!」
ギリギリと爪を噛みながらサラお姉ちゃんは歯を食いしばって、今にも呪い殺しそうな声で外を睨んでいた。
「キシシシ、こうなったら暴れてあいつらに一矢報いてやらない?」
「クシシシ、そうね。このまま黙ってたって殺されるくらいならやるだけやった方が清々するわ」
やる気満々のイザベルお姉ちゃんとマリお姉ちゃんだけど、さすがにそれは無謀だよ。
いくらアグネス達が普通の人とは違い魔法という特殊な手段を持っているとはいえ、使える魔力には限りがある。
こんなにも大勢の人間相手に、拘束されている家族を救いつつここから脱出するだなんて到底できるはずもない。
あそこにいる大勢の人間がろくに武器も持っていない一般人であるのなら、まだどうにかなる可能性はあったけど、教会に所属している騎士とでも言えばいいのか揃いの鎧を身に纏っている人達もいて一筋縄ではいかないであろう事が予想される。
「……すぴー」
『“怠惰”の力で捕まってる子達を移動させたくても、距離が離れてるしあの人数を一瞬で移動させるには魔力が足りないとの事です』
瞬間移動は凄い力なだけあり、魔力の消費が激しいから仕方ない。
「もぐもぐ」
『暴れるだけ暴れて潔く散る? だそうです』
さすがにそれは思い切りが良すぎるよビディお姉ちゃん……。
というかお姉ちゃん達結構好戦的だよね。
「はぁ~。まあここはワシが大人しく出てくしかないの」
「何言ってるのマザー!? そんな事すれば――」
「間違いなく殺されるの。じゃが、そうしなければあそこにいる者共はここにいるお主ら達も殺そうとするじゃろう。
今ならまだワシの命一つでお主らは生きられるし、人質になっておる子供達は救い出せる。
もっともこの家は取られるじゃろうから、別の地に移り住む必要はあるじゃろうが」
アグネス達のその後の事なんて心配している状況じゃないのに、なんでそんな軽く言ってるのマザー!
「ダメよマザー! 行かせたりしないわよ!」
全員の想いを代弁するかのようにエバお姉ちゃんがマザーさんの前に立ち、他のみんなもマザーさんを取り囲んで行かせないようにした。
「……すまんの。〝眠れ〟」
「なっ……! マ、マザー……」
魔法を使う訓練を受けたアグネス達でも、その師であるマザーさんに敵うはずもなく一瞬でアグネス達は眠らされた。
そして目を覚ましたら全てが終わった後だった。
「そんな、マザー……! いやあああっ!!」
街の一角で行われたであろう処刑。
火刑に処されたマザーさんはアンリ曰くもはやマザーさんと判別できない状態になっていたそうだ。
「ごめんなさい、ごめんなさい……」
「私達が捕まっちゃったからマザーが……」
「うわあああっ……」
誰もが悲しみに暮れる――そんな暇なんて無かった。
『主達よ。泣いている場合ではないぞ。こちらに向かって大勢の人間が来ておる』
マザーが言った通り、今度はアグネス達の家まで取り上げにここに人が来ているようだ。
それならマザーさんの言った通りここから逃げ――
「そう。なら殺しましょ」
えっ!?
「ええそうね。私達を魔女だというのだもの。だったら魔女らしく人間と敵対してやりましょ」
『何を言っているのだ主達よ!? マザー殿は逃げろと言っていたのだぞ!』
イザベルお姉ちゃんとマリお姉ちゃんが怒りをあらわにして、外の方を睨んでいた。
「許せない気持ちはワタシも同じ」
「……寝てる場合じゃない」
普段まともに喋らないビディお姉ちゃんやローリーお姉ちゃんですら、怒りを口に出して今にも外に飛び出していきそうな雰囲気を醸し出していた。
「このまま何もせずに逃げて家も何もかも奪われたら、ぬくぬくと街で過ごしている人間どもに対して嫉妬で狂いそうだもの。仕方ない仕方ない……」
魔法が使える5人はもはや逃げるという選択肢なんてない様子だった。
『そんな……。ここで戦ったところで無駄死にするだけだぞ!』
「そんなことは無いわアンリ」
必死にみんなを止めようとするアンリに対し、エバお姉ちゃんは無駄ではないと首を横に振る。
エバお姉ちゃんの顔は覚悟を決めたような真剣な表情だった。
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