34話 魔女の過去(5)
アグネスが魔法が使えるようになってからさらに1年が経った。
「どうやらお主にも本格的な魔法を授ける時が来たようじゃな」
アグネスはそんな絶望的な宣告を受けて酷く落ち込んだの。
「いや何でじゃ。出来る事滅茶苦茶増えるし、固有の魔法だって使えるようになるんじゃぞ!?」
「お姉ちゃん達を見てたら、落ち込みもするよ……」
「クシシシ、あら嫌だわアグネスったら。私達のことをまるでダメな姉を見ているかのように言うだなんて」
「キシシシ、これはお仕置きが必要かしら?」
「ひぃ!?」
突然アグネスの背後に現れたのは半年前までは気弱だったはずの2人、マリお姉ちゃんとイザベルお姉ちゃんだ。
今では悪戯好きの双子悪魔と化してしまっており、その原因が本格的な魔法を覚えてしまったから。
マザーさんが言う本格的な魔法とは通常の魔法とは違い、何かしらの特性を得る事で使えるようになるオリジナルの魔法の事を言うらしい。
意味は分からなかったけど、お姉ちゃん達が変わってしまったのを目の当たりにしたらそれを嫌でも分からされてしまった。
特性は本人と真逆の性質を得ることで、魔法を強化することが出来るというもの。
普通逆なんじゃないかと思うのだけど、なんでも魔力が潤沢であるのならともかく、微々たる魔力しか使えないのであれば、自身と相反する特性を得る事でその反発によるエネルギーでより魔法を強化した方がいいのだとか。
ただしデメリットとして、その手に入れた特性に抗う事ができなければ特性に振り回されることになるのだとか。
……これで振り回されてないってホントなの?
マザーさん曰く、これでもまだマシな方なのだとか。
振り回され理性を失ってしまわなければ問題ないとか、マシの範囲が広すぎだと思うの。
2人が手に入れた特性はそれぞれ“傲慢”と“強欲”。
そのせいで2人は少々……少々? 乱暴な性格になってしまったのだ。ものすごく悲しい。
「この2人だからこの程度で済んでるんじゃよ。その証拠に“傲慢”と“強欲”なんて特性を得ているというのに、シャレにならんイタズラや強奪はせんじゃろ?」
「許容範囲広すぎない?」
いや確かに構ってほしいとちょっかいかけられたり、食事中におかずを一口だけ取られたりと些細なことはされるけど、我慢できないほどではないのは確か。
とは言え、少し前までは気弱でも優しいお姉ちゃん達だっただけに、そのギャップもあってすごく悲しいの。
それはマリお姉ちゃんとイザベルお姉ちゃん達だけじゃない。
――ギュッ
「うふふっ、アグネスったらそんな狭い心じゃ特性を得るのは難しいわよ。はぁはぁ」
「無駄に色気を振りまいて発情しながら背後から抱きしめないで。普通に怖い」
あ、あんなに清楚であこがれだったエバお姉ちゃんが、“色欲”の特性のせいでこんな見るも無残な変態になっちゃうなんて……!
「なんか酷い事考えてない?」
「大丈夫。ただの事実確認だから」
心の中で泣きながらアグネスはチラリと床に視線を向けると、そこにはぐてーっと寝そべっているローリーお姉ちゃん。
「すぴー」
「やれやれ、“怠惰”を得ているのにベッドから出て来これるのは凄いのじゃが、相変わらずどこでも寝てしまうのはどうにかならないのかね~」
あんなにも働き者だったローリーお姉ちゃんは1日の大半を寝て過ごす様になってしまった。
ただそれでも魔法をちょいっと使うだけで人の何倍もの成果を上げれているのだから、誰も文句は言わないのだけど。
「あぐあぐ、もぐもぐ」
「フヒッ、いいわねそんなにもご飯が食べられて。料理も上手で太らないのも妬ましいわ。わたしなんかちょっと多くご飯を食べただけで太っちゃうのに……!」
一心不乱にご飯を食べ続ける小食だったはずのビディお姉ちゃんには“暴食”の特性を、そんなビディお姉ちゃんを見てギリギリと歯を食いしばりながら目を見開いているサラお姉ちゃんには“嫉妬”の特性を得てしまった事によって、以前とは大きく性格が変わってしまった。
というかサラお姉ちゃん怖すぎるよ。
ビディお姉ちゃんはいつも何かしら食べてるせいか口数が少なくなってしまった程度だけど、自分と人を比べたりせずにマイペースだったはずのサラお姉ちゃんの変貌がもう怖いとしか言えない。
そんなお姉ちゃん達を見てどうして本格的な魔法を教わると言われて喜ぶというのだろうか。
「はぁ、仕方ないのう。こういうのは無理に教わるもんでもないし、今のままで魔法はある程度使えるのじゃから問題なかろう。
じゃが本当にいいのか? 特性を得てもエバノラのように少しエロくなる程度でさほど性格は変わらん場合もあるんじゃぞ」
他5人が滅茶苦茶性格変わっちゃってるのに?
あまり変わっていないエバお姉ちゃんですら、色気を振りまくようになってるのに?
「……まあ無理には言わんが」
「マザーさん、目を背けないで」
マザーさんが特性を得させたい気持ちは分かるんだけどね。
エバお姉ちゃんの“色欲”、ビディお姉ちゃんの“暴食”は家畜を増やしたり、食欲不振を解消させるのに役立ってる。
ローリーお姉ちゃんの“怠惰”は一日一度だけだけど遠い場所に一瞬で物を移動させられるし、マリお姉ちゃんの“傲慢”は人の注目を集めやすく吟遊詩人をすればたちまち人気に、イザベルお姉ちゃんの“強欲”は単純にお金を稼ぐのにどうすればいいのか分かるようになるらしい。
サラお姉ちゃんの“嫉妬”も人を観察することに優れており、些細な事でも覚えられるので物事の習熟が早くなったのだ。
だから特性を得るのが必ずしも悪い事ではないのだけど……ないのだけど!
結局アグネスは性格があまりにも変わってしまうのを恐れて特性を得られなかった。
……もしこの時、特性を得ていたらこの後に起こる運命は変わっていたのだろうか?
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