31話 魔女の過去(2)
………温かい。
アグネスは今までに感じた事のない温もりを得ながら、その心地良さに身を任せていた。
死後の世界はこんなにも優しい場所だったの……。
みんなも近くにいるのかな?
そんな事を思いながら重いまぶたをゆっくりと持ち上げると、全く知らない綺麗な天井が視界に入った。
「これが、まともな部屋」
今までまともに建物の中に入った事がなかったから分からなかったけど、みんなで作った小屋が部屋とは呼べない何かであったのだと、この時ようやくそれを思い知った、
そして同時に、あの小屋もどきではないまともな建物の中でみんなが暮らしているのだろうと思うと嬉しくなったの。
「ほう、運がいいやつじゃの」
だけどそれが思い違いで、ここはまだ現世であることに気付かされることになるのはすぐの事だった。
「……誰?」
アグネスはどこかで聞いたような声がしたから、その声の主をちゃんと見ようと体を起こそうとして――動かなかった。
どれだけ体に力を入れようとしてもピクリとも動こうとしない体。
アグネスはまともに動く気がしない体を動かすのを諦め、仕方なくなんとか動く首をゆっくりと動かして声のした方に視線を向けると、そこには肩の辺りで切りそろえられた茶髪の大人の女性がいた。
「ワシはこの家の主じゃよ。マザーと呼ぶとよい」
「マザー……?」
「うむ。それでお主の名前は?」
「……アグネス」
「アグネスじゃな。どれ……」
マザーという女性がアグネスの額に手を触れてきた。
ヒンヤリとした手が心地よく、火照っていた体には丁度良かったの。
「まだ熱はあるか。まあ二晩ただ寝てた上にまともに飯も食ってなければ回復するわけもないのう」
どうやらアグネスは意識を失ってからずっと寝ていたらしい。
死なずに済んだのはこの人、意識を失う前に聞こえた声の人物であろうマザーさんがここに連れて来てくれたからのよう。
死なずに済んでしまったことに少し残念に思いながら、それでも死ななくて済んだことにアグネスは自然と涙が出てしまった。
「ふむ、食欲はあるか? 寒くはないか? 何かしてほしいことはあるか?」
生きていることに安堵しているアグネスに対して、矢継ぎ早にマザーさんは尋ねてきた。
体がだるくて仕方がないけれど、多少体調がマシになったのかまともにご飯を食べていなかったのもあって空腹ではあった。
だけどそれよりも先に聞かないといけないことがある。
「何で、アグネスを助けたの?」
「何でと言われても、強いて言うのならたまたま見かけたからじゃの」
「意味が分からない……」
「何でじゃ?」
だってたまたま見かけたからって手を差し伸べる理由にはならないから。
アグネス達を見た大人たちは嫌な顔をして急ぎ足でその場を離れるか、無視するかが大半であり、小銭を投げ渡すのが関の山。
どれだけアグネス達が貧困にあえいでいたとしても手を差し伸べてくれる大人はいなかったのに。
「今までそうだったとしても、それはワシがお主に手を差し伸べない理由にもならんじゃろ」
アグネスがたどたどしく言った事に対し、マザーさんは鼻で笑いながら呆れた口調で返してきた。
「まあワシも別に他の大人たち同様、誰彼構わず救う訳ではないがの。
ワシにも救える人数には限りがある。もしにお主の言う他の仲間の者達が仮に十数人もおったら、せいぜいお主と数人を拾ってやる事しかできなんだであろう」
それでも養おうとしてくれるだけ他の大人たちとは違うと思う。
せめて小さな子だけでも温かい場所で暮らせるのなら、残された側はその子達がまともに生きられることに安心できるし、今後の食料の取り分も増えるのだから。
「何か勘違いしておるやもしれんが、お主は確実に拾っておったぞ」
「え……なんで?」
だってアグネスには何も出来ないのに。
アグネスは鈍くさいからお金や物を盗むこともできなかったというのに。
「別にそんな事ができるからって拾う理由にはならんじゃろ。というか、そういう事は今後言うてはならんぞ。生きるためとはいえ人の物を盗むのは良くないことじゃから、それを聞いたやつが何をしでかすか分からんしの。
ワシがお主を拾ったのは魔法の才能があるからじゃ」
「魔法?」
何それ?
「魔法はまあザックリ言うと奇跡みたいなもんじゃ。
不可能を可能にする神秘と思えばよい」
アグネスにはマザーさんが何を言っているのかよく分からなかった。
「分からんか。まあその辺りの詳しいことはお主が元気になってからじゃな。
今はゆっくり休んで体を回復させるとよい」
その後、マザーさんは日に数度、消化の良いものだといってパン粥をアグネスに与えてくれた。
ろくに味が無くて済まぬと言っていたけれど、アグネスにとってはごちそうであり、こんなに美味しいものは食べた事が無くて最初は思わず泣いてしまったの。
こうしてアグネスはご飯と温かい寝床を与えられ、風邪もよくなってまともに動けるようになった時だった。
「風邪をうつす訳にはいかなんだから今まで合わせられなかった子達に、お主を紹介するのじゃ。
ついて来るとよい」
マザーさんに連れられた先にいたのは40人くらいの女の子達だった。
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