29話 存在しない存在
――パキパキパキッ
連続して何かが割れる音が背後から聞こえてきた。
それが何かは明白である。
【魔王】らしきものの塊にヒビが入ってる音だ。
「どう考えてもあそこから何かが生まれるよね」
「まさかまさかの復活パターンですか」
「復活は復活でも別の肉体で蘇るってやつじゃない?」
「そうなるとさっきの厄介なスキルを使って来たりはしない、よね?」
「……もしかしたらさっきまでの【魔王】に新たな力が加算されてるかもしれない」
「いや、そんなのもう相手にできないよ」
「はぁはぁ、どちらにせよ私達にはもう戦う余力などないがな」
リヴィの言う通り、とにかく僕らは【魔王】が出て来る前にこの場を離れないと、足手まといになってしまう。
「クロ、〔宿主なき石の形代〕でリヴィを運んでくれる?」
『分かった』
クロにリヴィを背負わせると僕らは軽く走って移動する。
みんな疲れてはいるけど、背後の脅威から少しでも離れるために足を止めることはない。
――パキャーンッ!
だけど移動するスピードがそこまで早くは無かったため、サポート組の所に辿り着くよりも前に【魔王】らしきものの塊が完全に壊れ、中から現れたのは――
「子供?」
1人の少女だった。
小学生くらいの女の子で、外に出てきたばかりのせいかぼんやりとしているのが遠くからでも分かった。
さっきまでと違い見上げるほど大きい【魔王】でもなく、背中に翼が生えているわけでもなく、どこにでもいそう、というには少し特徴的な女の子。
地面ギリギリまで伸びた白髪に近い銀髪が目立っており、一度見たら忘れなさそうな子だ。
他に強いて言うのなら黒いワンピースに魔女の衣装のようなマントを羽織っているくらいではあるけど、あの子が【魔王】だと言われてもピンとこない。
「あれが……【魔王】?」
「いくら敵でもあんな子に攻撃は……」
「不意打ちするチャンスなんだけど、ねぇ」
聞こえてくる冒険者の人達はほとんどの人が躊躇っており、先ほどまで果敢に謎の物体に攻撃していたとは思えないほどだ。
気持ちは物凄く分かるけど。
「何言ってやがるてめぇら! こんなチャンス逃してたら何時まで経っても【魔王】が倒せねえだろうが!」
そう言って果敢に(?)【魔王】らしき女の子へと剣を片手に向かって行く人がいた。
その声に続くように数人同じように【魔王】へと走っており、中々に冷徹や粗暴な人達である。
とは言え、その行動を否定はできない。
言ってることは正しく、たとえ見た目が少女の姿であったとしても、【魔王】を倒さなければ世界中のダンジョンで迷宮氾濫が起こり得るのだから。
「これでも食らえや!」
そう言って巨漢が少女へとその手に持つ戦斧で振り下ろした。
頭上に振り下ろされる戦斧を見て、思わず少女が真っ二つになる想像をしてしまい思わず目を瞑ってしまう。
だけど不思議と何の音も聞こえず、どうなったのかと恐る恐る目を開くと、そこには信じ難い光景があった。
「なっ、馬鹿な!?」
そこにいたのは少女と巨漢だけでなく、どこかで見覚えのある存在――【ミノタウロス】らしき存在が巨漢の戦斧を両手で受け止めていた。
『ブモーーーー!!』
「ぬああっ!?」
蹴り飛ばされた巨漢はゴロゴロと転がりながら地面を滑っていく。
「なんだこの魔物は?!」
「っ!? 違う、魔物じゃない! 【魔女が紡ぐ物語】だ!」
「なんだと!? 間違いないのか?!」
「ああ。[鑑定]で〈【魔女が紡ぐ物語】:ミノタウロス〉と出てるから間違いない」
嘘でしょ?
もしかしてとは思ったけど、遠くだったしそれっぽい魔物と見間違えただけだと思ったのに、まさか本当に【ミノタウロス】だったなんて。
「それにこの少女に見えるものは、〈【魔女が紡ぐ物語】の魔王〉だ!」
「はぁ? 何を今更。この【魔女が紡ぐ物語】が【魔王】であることくらい誰だって――」
「違う! [鑑定]の結果が〈【魔女が紡ぐ物語】:【魔女が紡ぐ物語】の魔王〉なんだ。
ただの【魔王】じゃない。
【魔女が紡ぐ物語】を呼び寄せて率いる【魔王】なんだよ!」
は……?
有り得ない。
そう言いたいのに遠くで見える光景がそれを許さなかった。
【魔女が紡ぐ物語】を率いる【魔王】なんて存在するはずがないと言ってしまいたかったけど、実際にその隣に【ミノタウロス】がいて、まるで配下のように付き従っているのだから嘘っぱちだとは言えなかった。
「じょ、冗談ですよね? 冒険者学校の時にあれだけ苦労した【ミノタウロス】を召喚できるなんて……」
乃亜のその言葉に頷いてあげたくても、遠くからでも分かる【ミノタウロス】の威圧感は否定できない。
『ここに集うのじゃ。我が下僕達よ』
そんな【ミノタウロス】だけでもいっぱいいっぱいだったのに、【魔王】は追い打ちをかけるように別の【魔女が紡ぐ物語】を次から次へと呼び出した。
数体どころではない。
何百体もの【魔女が紡ぐ物語】が【魔王】の背後に控えるように現れた。
『我が敵を怒りのままに蹂躙するがよい』
『『『■■■■ーーーー!!!』』』
かつてない最悪の迷宮氾濫とも言える光景がここにあった。
気に入っていただけたらブクマと☆の評価をお願いします。
カクヨム様にて先行で投稿しています。




