28話 束の間の
あの物体を見て真っ先に思ったのは、今度は神話のクトゥルフとかそういう系の【魔女が紡ぐ物語】じゃないかと思い、そんな存在をどうやって倒せばいいのかと絶望にひしがれていたその時だった。
不定形だったそれは突如として収縮。
ドンドン小さくなっていき、やがて子供の身長程度の完全な球体となっていた。
……動かない。
少なくともあれならクトゥルフ系でSAN値チェックが必要ということはなさそうだけど、あれはホントに一体何なんだ?
分からないけど避難するなら今がチャンスだろう。
「みんな、大丈夫?」
「先輩こそ大丈夫ですか? 押しつぶされてペチャンコになってた時は生きた心地がしませんでしたが」
「心配させてゴメン。見ての通り〔穢れなき純白はやがて漆黒に染まる〕で完全回復してるから大丈夫だよ」
乃亜が僕の身体を上から下まで見回してきた。
他のみんなも同様で、本当に大丈夫なのかと心配そうな目で見てくるけど、こんなにも元気だというのに何を心配しているんだろうか?
「……服がそれだけボロボロになるほどダメージを受けたのに、心配しないはずがない」
「そもそも堕天使に押しつぶされた姿を見せられた直後に[恋い慕うあなたを囲う]が解除されたのだから、こっちは心配で胸が潰れるかと思ったよ」
「ソフィちゃんの言う通り。心臓が止まるかと思ったんだ、よ」
「私達が誰も動けないし、即時の回復手段なんて使い切ってたからもうダメかと思ったわよ」
「動けなかった私達が、はぁはぁ、言う事ではないかもしれんが、もっと自分を大切にしてほしい……」
別に好きであんな危険な目にあったわけじゃないんだけどなぁ。
まさかボロボロの【魔王】が最後に堕天使の雨を頭のすぐ上に降らせて来るだなんて思いもしなかったし。
なんとか結果的に僕は死なずにすんであの【魔王】は倒せたけど、まだ終わっていないというのが辛いところ。
「とりあえず今は下がろう。もうみんな戦う余裕なんてないんだし」
「そうですね。[恋い慕うあなたを囲う]の効果が切れたので[ゲームシステム・エロゲ]が使えませんから、この状況で戦うのは危険すぎます」
いつも僕らを守ってくれていた[損傷衣転]が使えないからね。
それだけでなく、【魔王】の〝波乱せし終生〟で魂にダメージを受けてるせいで、乃亜達の肉体は完全回復してるけど、体調は悪そうにしている。
僕はまだ平気だけど、少なくともみんなはもう戦えないだろう。
特にリヴィがヤバイ。
なんとか意地で立ってるようだけど、気を抜けば倒れてそのまま寝込んでしまいそうだ。
僕らは全員が下がることに賛同して、今も歌声が聞こえてくる矢沢さんのいるサポート組の方へと移動することにした。
まだ目の前に脅威となりそうな存在がいるのに撤退するのは普通なら非難を浴びるだろうけど、さすがに僕らがボロボロかつ黒い球体になる前の【魔王】を討ち果たしたからか、むしろ下がって休んでいてほしいと周囲の人達に言われた。
もしまだ戦えと言われたら〔緊縛こそ我が人生〕でそいつを縛ってやろうと思うくらいには疲れているから、そう言われてホント良かった。
正直主戦力や切り札とも言える、スキルや【典正装備】が1日以上もあるインターバルのせいで使えなくなっているので、【魔王】と戦う前のような働きなんて無理だし。
僕らが一応黒い球体を警戒しながら歩いていると、宙を飛んでいるのとその横を並走している石像が僕らに近づいて来た。
『随分ボロボロなのですよ』
『主達がそのようになるとは珍しいな』
『うむ。主様達が展開するあの理不尽空間でそのような姿になるとは……さすが魔王殿じゃな』
敵を褒めるのはどうなの?
いや、一応倒したからいいんだけど。
でも今のあの状態だと普通に復活しそうで怖い。
復活があるのは当たり前だろう、とか言って出てきた日には泣きながらダッシュで逃げるわ。
「……さすがに復活はない、はず?」
オルガもあるかも、くらいには思ってるんだね。
「どうだろう。まあこういう場合、ゲームとかだと続きがある、よ?」
「続きってどういうことかしら?」
冬乃が咲夜にそう問いかけると、咲夜は少し首を傾げながら口を開く。
「こういうパターンだと……進化する、とか?」
「は、はは。あれがさらに強くなるとか勘弁してほしいね」
ソフィが口を引くつかせながら、苦笑いを浮かべていた。
いやソフィだけでなく他のあの空間で戦ったみんなが苦虫を嚙み潰したような表情になっている。
もうむしろただの復活の方が可愛く思えてくるのだから笑えないよ。
「ほ、他には何があるんでしょうか?」
「あとは……独自の空間を創る、別の肉体で蘇る、世界そのものに影響を及ぼす、くらい?」
結構あるね!?
「独自の空間っていうのは、さっきのノアが創り出した空間みたいなので、【魔王】が有利になる場所って解釈でOK?」
「うん」
「もうそれは世界終わったよ」
ソフィが諦めたくなるのも無理はない。
もしもそんな状況になったら、さっきのでもギリギリだった【魔王】に勝てるわけがないんだよ。
「ど、どんな状況になるにせよ、今の我々では足手まといになることには、はぁはぁ、変わりあるまい」
ソフィに肩を借りて歩いていたリヴィの言う通りか。
とにかく今はあの謎の球体が何もしない内に離れるしかない。
――パキッ
嫌な音が黒い球体のある方から聞こえてきた。
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