10話 魔王の過去(2)
父が死んでから怒涛の日々だった。
悲しむ間もなく国を挙げての葬儀と、自身の魔王就任のお披露目。
そして魔王としての執務に追われることになった。
あまりの忙しさに悲しむ余裕なんて無かったが、逆にそれがありがたかった。
ただ魔王としてみんなのために動き続けている間は、余計な事を考えて落ち込まずに済むのだから。
唯一悲しむ時間があったのが、葬儀の際に父と母の墓前の前にいられたわずかな間。
数分の間、家族だけで祈りを捧げていた際にようやく私はそこで全てを受け止められたのだと思う。
他の弟妹達が泣いてる姿を見たせいか、私自身の目からも自然と涙が溢れてしまったが、それよりもこの子達を守らなければならないという使命感が沸々と湧いてきた。
全ての悪魔族を守らなければいけない契約があるため、全てを優先することは難しいが、それでもその契約の範囲内でなんとか家族を優先できればと思った。
「魔王様、こちらの資料はお読みいただけたでしょうか?」
魔王となって半年ほど経ったある日。
執務室で作業している私を訪ね、そう言ってきたのは宰相であるグレゴリーだった。
祖父の代から仕えてくれている人であり、魔王になったばかりの私が問題なくその役目を全うできるように動いてくれた信頼のできる人物だ。
「ああ、もちろんだ。先代の頃より上がっていたあの問題だな」
その問題というのが、悪魔族のみならず全ての種族で子供が生まれにくくなっているというもの。
特に長寿の種族にとっては致命的で、長く生きられるせいか生殖行為への意欲が弱く、元から子供が生まれにくいのにさらに出生率が低下しており、気が付けばかつての半分以下になってしまっているらしい。
私も魔王となって初めて知った問題で、その理由が不明であったがゆえにあまり周知されなかったため知らなかったのだ。
「はい。その問題の解決のため魔王様にはご助力のほどお願いしたく」
「解決する手段が分かったのか!? いや、そもそも原因は何だったのだ?」
「それに関しましては先代様が病に伏せられた直後、他国との共同研究で分かったことなのですが――」
グレゴリー曰く、他の世界と繋がり魔素がそちらへと流れてしまい、この世界の魔素が薄くなったことが原因なのだと。
父が倒れている間にその解決方法を見つけ出したようで、他国と協力して事に当たるのだとか。
今になって私にその話がきたのは、その準備がようやく整ったかららしい。
「準備をする前から私に一言あってもよくないか?」
「魔王様が色々と忙しいタイミングで計画があがったことでしたから、こちらで出来る準備は全て行った後でそのお力が必要な時に振るってもらおうかと思いまして」
「そうか」
父が亡くなった直後だったから極力こちらの手を煩わせないようにしてくれたのか。
「それで何をすればいい?」
「ではこちらに魔力を全力で流していただけませんか?」
「それは大丈夫なのか?」
私自身ではなく、手渡された水晶玉の方がだ。
歴代の魔王、全員の魔力を全力で流し込もうものなら、並大抵どころか最高級の魔道具であっても簡単に壊れてしまいそうなものだが。
「問題ありません。お願いします」
「分かった」
言われるがまま私は水晶玉に魔力を注ぎ込んだ。
あっさりと壊れるかと思ったそれは想像以上にもった。が――
――ピシッ!
「おっと」
「なんと!?」
念のため慎重に魔力を注いでいたお陰か、壊れる寸前で魔力を注ぐことを止めることが出来た。
「そんな、エルフの秘宝でも魔王様の魔力をおさ――吸収しきれないのか……」
「うむ。まだ1割も注いでいないのだが、やはり多ければ多いほどいいのであろう?」
「え、あ、はい。ですが秘宝であってもこうなったのであれば仕方ありませんな。……確実ではないがプランBでいくしかないか」
何やらボソリと呟いた宰相には考えがあるようだが、次は一体何をすればいいのだろうか?
私はもっとこの時警戒するべきだった。
いくら昔から魔王に仕えてくれていた宰相とはいえ、彼を無条件で信頼したのが良くなかった。
「申し訳ありませんが魔王様。こちらに着いて来ていただけませんか?」
「ああ、分かった」
着いて行った先にあったものはどこかへとつながる転移陣。
それを使って移動した先にあったものは、何かの儀式を行う祭殿がある開けた場所だった。
「ここは……?」
周囲を見渡す限り所狭しと並べられた財宝の数々。
それに加え大量の様々な種類の魔物達が拘束されていた。
「――っ!?」
一体何をするのかと思って周囲を見ていたら、突然私に対して幾重にも拘束魔法がかけられた。
周囲に気を取られていた私はそれを防ぐこともできずにアッサリと捕まってしまう。
「申し訳ありませんが、魔王様には生贄になってもらいたく」
「ふざけるな! こんな拘束ごとき――」
「悪魔族のこれから生まれるはずの子供たちを守るために、魔王様、契約を遵守してもらいます」
グレゴリーが手にする魔道具を掲げながらそう言われた途端、拘束を破ろうと私が高ぶらせていた魔力が一気に霧散してしまった。
「なっ!? 一体何故……!?」
私が自身の体の異変に驚いていたら、グレゴリーはホッとした様子で拘束されている私を見ていた。




