9話 魔王の過去(1)
≪魔王:リーゼSIDE≫
かつて私には弟妹達がいた。
私が守るはずだった家族だ。
本来弟妹達を守るはずの両親は、私がダンジョン創造計画による生贄にされる少し前には死んでいたから、長姉である身としてはあの子達が一人前になるまで私が守るのだとその墓前で誓ったのだ。
……その約束は果たせなかったが。
母は末弟が生まれてしばらくの後に他界。
そして父は運悪く流行り病にかかり、私が生贄にされる半年前にこの世を去った。
母はともかく父はあのクソ共の謀略によって殺されたのではないかと疑ったけど、もしもそうならあいつらはあの時に自慢げに語っただろうから、父はただただ運が悪かっただけなのだろう。
なにせ父の死が引き金となって、ダンジョン創造計画に併せて魔王の一族を排除する計画を企てたと語っていたのだから。
◆
ダンジョン創造計画が実行される半年前。
私の父が流行り病で亡くなる数日前のこと。
「ゴホッゴホッ。すまないリーゼ……」
病気をうつさないように遮断された空間の向こう側でベッドに寝ている父の姿は弱弱しかった。
病にかかる前の父は偉丈夫であり、私達悪魔族の中でもっとも体格のいい人であったが、今では筋肉は衰え骨と皮だけになってしまった。
「本来であれ、ゴホッゴホッゴホッ!」
「父さん、無理しないで!」
咳き込み口を押える手からはわずかに赤いものが見えており、吐血までしているほど病が深刻になっているのが分かって悲しくなった。
もう、長くはないのだと気付いてしまったから。
そんな私の心情に気付いたのか、フッと笑みを私に向けてきた。
「お前も察してる通り、俺はもうすぐ死ぬだろう。本来であればリーゼに魔王を継承させる事もなかったがそうも言ってられん」
父は私の前の魔王だった。
魔王というのは何も悪魔族を統べる王というただの肩書ではない。
初代魔王の時から連綿と受け継がれてきた〝魔力〟そのものなのだ。
魔王が自身の意思で継承するか、死んだとき初代魔王の血脈に自動で継承され続けたその力は、歴代の魔王自身が持つ魔力も合わせて加算されていき、代を重ねるにつれてさらに強化されていくというもの。
「このまま俺が死ねば魔王の力はリーゼに引き継がれることになるだろう。まだ若いお前に苦労をかけることになる……」
遮断された空間の向こう側にいる父にはとてもではないが魔王継承の儀式など行う体力などない上に、病をうつさないためにもそのような儀式を行う訳にもいかない。
儀式さえすれば長女の私ではなく、他の弟達にも継承することはできただろう。
もっとも、その選択肢はありえないが。
「……いいよ父さん。私の下はまだ8歳の弟だもの。そんな弟に継がせるくらいなら私が継ぐ。
その力を引き継ぐことがどういう事かも分かってるから大丈夫」
12歳でその力を引き継ぐことに恐怖がないとは言えない。
でも死にゆく父にせめて安心してもらうためにも、私は気丈にふるまうしかなかった。
「……そうか」
「うん」
たとえそれが、全ての悪魔族のために私の生涯をささげる事になると分かっていたとしても。
初代魔王の直系のみにしか継承できない力は、ただ受け継げばいいというものではなかった。
歴代の魔王達の膨大な魔力を受け継ぐ代わりに、強制的にある契約をさせられるのだ。
その契約の内容は力を得る代わりに他の悪魔族を守るというもの。
王としては当たり前の事ではあるけれど、契約に強制されるとなると話は変わってくる。
小を捨てて大に就くということがよほどの事がなければできなくなるのだ。
たとえ少数の人々であっても見捨てられなくなってしまい、魔王の持つ膨大な魔力で無理やりにでも難事を解決しなければいけない。
父が流行り病にかかってしまったのもこの契約のせいだろう。
とある村で流行り病に大勢かかってしまい、その対処に父は動いた結果、その病にかかってしまったのだから。
村人を救うために魔力にものを言わせた隔離と治療。
それに魔力を使い過ぎてしまった結果、父は自身を癒すこともできないほど衰弱してしまった。
せめて村人だけでも救えていたら良かったのに、全員は救えなかったのだから余計に報われない。
それでも救われた人はいたのだからマシなのかもしれないけど。
切り捨てることが出来れば自身が死ぬようなことは無かっただろう。
いくら民がいてこその国とはいえ、みんなを導くはずの王が死んだら誰が導くというのか。
そんな合理的な決断を許さないのが魔王の契約であり、一種の呪いだった。
そんなものを子供に引き継がせてしまうことになるからか、父はとても複雑そうな顔をしていた。
「……あとは頼んだ」
それでも絞り出したようなあらゆる葛藤が混ざった声が、私が最後に聞いた父の言葉だった。
その後眠り続けた父はそのまま帰らぬ人となってしまった。
隔離された部屋で眠っていた父が死んだというのが真っ先に分かったのが私だった。
「なっ、なんだこれは?! ああああっ!!?」
父と最後の会話をした数日後、部屋にいた私の足元に突然真っ赤な魔法陣が広がった。
最初はそれが何なのか分からず困惑してしまったけど、その魔法陣の光が強まるにつれ私は理解させられた。
これが魔王の力の継承なのだと。
体が焼けるように熱く、しかし体の芯は何故か凍えるほどの寒さを感じる不思議な感覚、そして体の節々の異常な激痛に、いつの間にか私は気を失っていた。
そして目を覚ました私は父が死んだのだと報告を受けたのだ。
急成長した自身の肉体に驚きながら。
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