6話 あと硯があれば……
【魔王】が僕らに十分近づいた時、拡声器の音が周囲に響いた。
『作戦開始!』
その号令とともに拘束系のスキルや【典正装備】持ちが一斉に【魔王】へと使用する。
『ア゛ア゛ア゛ア゛!!』
【魔王】が吼えながら自身に絡みついてくる光の縄や土塊などを振り払うも、この場には数百人の冒険者や軍の人がおり、その一部しか【魔王】の動きを止めようとしていなくとも数十人という人間が拘束しようとしているので、そう容易く振り払えるものではなかった。
ただの魔法ならともかく、複数の【典正装備】での拘束はどうにか出来るものじゃない。
『みんな聞いてね。派生スキル[戦え! 私の戦士たち]!』
銀の紋章を持っている矢沢さんも当然この場に来ており、かなり離れた場所から支援をしていた。
ダンジョンよりもむしろこういう開けた場所で大勢にバフをかける方が、[アイドル・女装]スキルの真価を発揮するので【魔王】と【イモータル】のみが外に出てきているのは運が良かったね。
矢沢さんの出したステージ上で踊る人形、〔28の舞台人形〕の効果でより広範囲かつ大人数にバフをかけれるのだから、こういう場では凄く頼もしい。
この歌を聞くだけで死んでも生き返れるのだから尚更だ。
その歌を聞きながら僕は咲夜とみんなに視線を向ける。
「お願い咲夜。[画面の向こう側]」
「それじゃあ行くよ、蒼太君」
僕は咲夜を起点として[画面の向こう側]を使用し、乃亜達や他の人達と共に【魔王】へと突撃する。
いつもの自分だけ安全な場所に避難するというのが少しばかり心苦しいけど、他の人はむしろ隠れていてくれる方がありがたいという反応だったので、まあいいだろう。
『ガアアアッ!!』
体をガチガチに拘束られた【魔王】は、体中に生えている鞭の様な触手を使って向かってくる人達に対して攻撃を仕掛け出した。
「〈解放〉」
しかしそんな苦し紛れの攻撃を食らうはずもなく、咲夜に向かってきていた攻撃は乃亜が大楯の【典正装備】である〔報復は汝の後難と共に〕で防ぐと同時に反撃しており、触手を一部削り飛ばしていた。
他の人達もタンク役の人達がスキルや【典正装備】を使って防いでおり、パッと見た限り誰もこの程度ではやられたりしないようだ。
少なくとも勇者の紋章が銀以上であることが参戦条件で、それ以外の人達はサポートか【イモータル】の相手をすることになっているので、相応の強さの持ち主が【魔王】と戦っているから当たり前か。
『アアッ!』
マズイ。早速やる気なのか。
【魔王】が口を大きく開くと、その口内で闇色の光が急速に輝き出す。
せっかく[画面の向こう側]で退避していたけれど慌てて僕は外へと出る。
「咲夜!」
「うん、準備できてる」
僕はカバンを、咲夜はスカルフェイスマスクを身につけて構えた。
『ガアアアアアアッ!!』
砲口と共に吐き出される黒いレーザー。
全長10メートルもある【魔王】から放たれるレーザーは幾重にも枝分かれして僕らを襲って来る。
こんなものを放ってくる【魔王】に対してオリヴィアさんの祖母、マイラさんはどうやって人命を損なう事なく守り切れたのか不思議でしょうがない。
「〔食わず嫌いの擬態箱〕!」
僕は咲夜の前に出ると手に持ったカバン……いや、もう認めよう。書道バッグを前に掲げる。
つくづく習字道具ばかりが【典正装備】として出て来ることにもはや諦めの境地に至りながら、僕は【獏】から手に入れた【典正装備】を使用する。
パカリと開かれたカバンの口は文字通り『口』だった。
ギザギザの歯が生えている上に大きな舌を覗かせており、カバンについているアクセサリーと誤魔化せられないレベルの代物だった。
そんな口が開かれた瞬間、幾重にも枝分かれしていたはずのレーザーが、まるで〔食わず嫌いの擬態箱〕の中へと自ら飛び込んでいくかのようにその動きを変える。
〔食わず嫌いの擬態箱〕は対象にした物体を吸引しその口の中に留めておける【典正装備】だ。
もっとも名前の通り口の中に含むことは出来ても呑み込むことは拒絶するため、数十秒後には吐き出してしまうのだけど。
ちなみに『ミミック』とルビが付いているけど生き物ではない。というか生きていたら僕が困るよ。
ミミックをペットにしたいとは思わないからね。
「出すよ咲夜」
「ん、いつでもオッケー」
〔食わず嫌いの擬態箱〕を操作して口の中に含んだものを外に出させると、その場に球体状のエネルギー弾が現れた。
咲夜がいなければ僕はそのまま【魔王】に収束させたレーザーを放つ事もできたけど、この方が咲夜の【典正装備】を活用できるからこうした。
「〔喰らい尽くす口腔〕」
咲夜がそう口にすると同時に、咲夜の前に猛獣の牙を彷彿させる巨大な歯が出てきて、目の前のエネルギー弾を周囲の地面ごと抉り取った。
〔喰らい尽くす口腔〕は僕と同様に【獏】の時に手に入れた【典正装備】だ。
これはインターバルが3時間と長いが、前方半径1メートルをどんなものでもえぐり喰らうことが出来るというもの。
そう。食っているのだ。
当然食べればそれは本人へとエネルギーとして還元されることになる。
「ぐうっ、[鬼神]〝臨界〟」
膨大なエネルギーを取り込んだ咲夜は苦し気な表情を浮かべ、すぐさま[鬼神]を全開使用するだけに止まらず、30秒で全ての体力を使い切ってしまう〝臨界〟まで発動させていた。
「〝臨界〟まで使ってしまって大丈夫ですか咲夜先輩?」
「問題ない。なんとなくだけど数分はこの状態でいられそう。むしろこうして消化させないと、食べたエネルギーに負けて体が弾ける気がする」
「なんか怖いこと言ってる!?」
〔喰らい尽くす口腔〕は使う人によっては到底耐えられる代物ではなく、咲夜だからこそ使える【典正装備】なんだろう。
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