エピローグ1
≪憤怒の魔女:アグネスSIDE≫
『ついにビディ姉様がやられてしまったの』
(どうやらそのようだな。……大丈夫か?)
『何がじゃ?』
(今まであの者が〝怒り〟を抑えてくれていたのだ。それが無くなった今、その〝怒り〟は内に溜め込まれ続けているはず)
そう。ワシが【魔王】として人類に宣戦布告する前からビディ姉様がワシの内から発生する耐えがたい〝怒り〟を食べて消化し続けることで、今まではその怒りの衝動に流されることなく沈黙を保ち続けることが出来ていた。
本物の魔王が復讐を果たすまではその分の怒りもあっただけに、ビディ姉様はよく1人で抑えていたものじゃよ。
じゃがそれももうない。
『確かに刻一刻とワシの内側に燻る火は大きくなっておる。
じゃがワシが過去の恨み辛みを晴らすのであれば、この火を最大限に燃え上がらせて人類にぶつけてこそ果たせるというもの』
(その結果、無関係の大勢の人間が死ぬことになってもか?)
『無関係、とは言いきれぬであろう。過去の負債が今になって現れただけなのじゃ。それに――』
(それに?)
『もう十分我慢したのじゃ』
(……そうだな)
ビディ姉様に限界が来ていることは分かっていた。
だからこそ【魔王】として表舞台に立ち人類にチャンスをやった。
ワシのこの〝怒り〟を止める機会と時間をくれてやった。この3カ月の期間よりもずっと前からの。
これで人類が滅びるようであればそれまでだということだ。
『この〝怒り〟は静まる事はない。ならばどちらかが滅ぶまで争う以外道は無かろう』
(私はクライヴとシンディと同様、無理やり生贄にされた)
『急にどうしたのじゃ?』
(まあ聞け。私が生贄にされたのは話したが覚えているか?)
『もちろんじゃ。向こうの世界で魔王だったぬしは一番の力の持ち主であった。
そのぬしは他の兄弟姉妹達を殺された後、強制的に生贄にされたのじゃろ』
(ああそうだ。クライヴとシンディと違い、私は何とか自力で自我を保ってた。そしてその結果、私と同様に怒りを抱えているあなたと同化することになった)
『うむ。怒りのままに【魔王】の【魔女が紡ぐ物語】化したら、魔王繋がりでもう1人の存在と融合しておったのには驚いたのじゃ』
(ふふっ。さすがにあの時はお互い怒りも忘れて驚いたな。
それはさておき、あなたも言った通り私には兄弟姉妹を殺された怒りがあったが、先日その者達には復讐し、今はその者達に相応しい姿に変えてやったことでだいぶ静まった。
だが私の怒りが静まったのは張本人たちに対して復讐を成し遂げる事ができたからだ。
ハッキリ言って無関係の人間をいくら殺そうとも、あなたの怒りはおそらく静まることはない)
『……何が言いたいのじゃ』
(あなたの〝怒り〟が止まらないという事は分かっている。
私が言いたいのは人類には止める機会をくれてやったのだから、どうせ静まらないのだから思いっきりやってしまえ、ということだ)
『ふっ。何を言うかと思えば……。てっきりワシを止めようとでもしているのかと思ったのじゃ』
(ここまできて今更そのような事は言わないさ。ただ自責の念に駆られる必要はないと言いたかったんだ。
あなたは人類に対して十分慈悲を与えたのだから)
この身体の中にいるもう1人の人物、シャーロットがワシ――アグネスに優しい声でそう言ってくれた。
アグネスが人類を滅ぼそうとする事に対し、後悔しないようにとその思いやりのこもった発言は、今もアグネスの中から湧きあがる続ける〝怒り〟を一瞬忘れさせるほどだったよ。
『……ありがとう。うぐっ!』
(どうした?)
『どうやらここまでのようじゃ。もう理性が……』
(そうか、早かったな。ま、気にするな)
シャロが軽い口調であっさりとそう言うので思わず笑ってしまう。
『ああ、そうじゃな。後はもうなるようになれじゃ』
人類が滅ぼうがもう知った事か!
ワシは【魔王】じゃからな。フハハハハハ!!
≪色欲の魔女:エバノラSIDE≫
『ん、ここは?』
『久しぶりね、ビディ』
『あ、エバちゃん』
【魔女が紡ぐ物語】の役割から解放されたビディをいきなりこっちに引っ張ってきたから、何故自分がここにいるか分からない様子だったけど、すぐに状況を把握したのか私達を見て頷いていた。
『おひさ』
ビディのその言葉を皮切りに全員がビディへと話しかけ始めるも、口数が少ない子だからあわあわしながらたどたどしくも答えていた。
積もる話があるのだからそれも当然よね。
そんな事を呑気に思っていた時だった。
『主達よ、大変だ!!』
突然使い魔の猫であるアンリが大声で叫び出した。
一体何があったというの!?
その疑問はすぐに分かった。
ダンジョンを管理している状況を表すディスプレイに有り得ないものが映し出されているからだと。
『何よこれ?!』
私達が今まで防衛し続けていたダンジョンが有り得ない速度で“憤怒”に支配されていってるのだ。
『こんな無理やり他のダンジョンを支配していくだなんて、そんなの到底リソースが足りないはずなのに……!』
『そんな事を言ってる場合ではないぞ主よ! このまま放置すれば全てのダンジョンが向こう側に支配されていってしまう』
『わ、分かってるわ。みんな手伝って!』
すぐさま私は自身の端末の前に座ると、その対応に動く。
さすがにこの状況では普段手伝うのを嫌がる娘達も手を貸してくれたけど、それでも全く手も足も出なかった。
『全く勢いが止まらないじゃない! どんどん浸食されていってるわ!?』
『クシシシ、やるわねあの娘』
『キシシシ、これは無理ね』
『笑ってる場合でも諦めてる場合でもないわよ! 何とかしないと全て奪われるわ!』
必死に手を動かし続けるも、時間を追うごとに支配領域はどんどん削られて行ってしまう。
どうすれば食い止められるというの?
『フヒッ、無理よエバお姉さま。アグネスは自身の魂を削ってリソースに割り当ててるみたい』
『うん。ワタシが今まで抑えていた〝怒り〟が暴発しててなりふり構ってない』
サラとビディがどこからリソースを引っ張ってきてるか調べてくれたけど、まさかそんな無茶をするだなんて……!
『とんでもないわね。魂を削るだなんて相当な痛みを伴うでしょうに』
『怒りで痛みを感じないにも限度があるわ』
呆れた様子のマリとイザベルはやれやれといった様子でディスプレイを眺めていた。
『マズイぞ主よ! ついにこのダンジョンにまで侵食しだしてる!』
『分かってる! 分かってるけど……!』
こんなのどうすればいいのよ!
こっちは7人がかりで防衛しているのに力技で全てを塗りつぶされてるんじゃ、どうにもできないわ!
そんな焦りと無力感に苛まれている時だった。
『クシシシ、このままだと私達はまた【魔女が紡ぐ物語】としてダンジョンに組み込まれるのかしら?』
『キシシシ、ダンジョンのみならず私達を利用しようだなんて、それはなんとも強欲ね』
『ええ、ホント。それはなんて傲慢なのかしら?』
『『ふざけんじゃないわよ』』
マリとイザベルがそんな事は許さないと声を上げた。
『『私達が何の対策もできないと思ったら大間違いよ! ローリー!』』
『……ふぇ?』
あなた達、一体何を?!
私が2人にそう問いかける前に何かを実行した結果、私達はローリーを中心に光に呑まれその場から消えてしまった。
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カクヨム様にて先行で投稿しています。




