47話 決着と弊害
≪蒼汰SIDE≫
『な、何が……』
【獏】が困惑気に周囲を見渡していた。
先ほどまでいた大量の分身もいなければ、地面から生えていた果実も何もかもがこの空間内から消えているのだから困惑するのも無理はない。
『一体何をした……?!』
「空間を書き換えた」
『はあっ?!』
意味がわからないと口を開けて、あり得ないと言った表情を見せる。
『この空間は試練そのもの。そんな事出来るはずない!』
出来るはずがないと言いつつも、目の前の現象を否定できないからか、何度も何度も首を振って必死に現実から逃れようとした。
現実逃避のためか、こちらに向かってさっきの攻撃をするために何度も口をもごもごと動かして開くけど何も起きない。
『なんで?! おかしいおかしいおかしい! 悪夢が食えなくなってる!?』
「どれだけ喚こうともここは現実だよ。
〔忌まわしき穢れは逃れられぬ定め・黒水偽鏡〕と〔太郎坊兼光・天魔波旬〕が夢を反転し現実へと変えた。
意図したわけじゃないけど、力が使えなくなったのは【獏】としての能力が発揮できるのは夢の中だけだからなのかな?」
僕はそう言いながら地面に転がっていた剣を拾う。
『ていっ!』
「ふっ」
『びぎゃっ!?』
苦し紛れに【獏】が飛びかかってきたけど、能力が使えない【獏】は所詮大きめなぬいぐるみでしかなく、僕が軽く拳を当てただけで弾き返せてしまえた。
「これでお終いってことでいいかな?」
『まだ終わらない。終わっちゃいけない』
【獏】はそう言いながら僕から逃げるために駆け出していく。
だけどあのフォルムでは速く駆けることなんて出来るはずもなく、僕が軽く走るだけですぐに追いついてしまう。
『う、ううぅ……』
「泣かれても困るし、これ以上時間稼ぎされても困るから終わらせるよ」
さすがに【魔女が紡ぐ物語】によって作られた空間内をいつまでも反転させ続けられるか分からない以上、いくら相手が可哀想に見えても躊躇している余裕はない。
「悪いね。僕は悪夢はコリゴリなんだ。その悪夢から覚めるためなら僕は躊躇なく剣を振るえる」
『ああ゛っ!?』
【獏】へと何度か剣を振り下ろし、そしてついに――
『負けた。こんなのに……』
「いや、こんなのって」
まぁそう言いたくなる気持ちも分からなくはないけれど。
僕が【獏】の立場だったら絶対同じことを思うし。
すでに咲夜の〝神撃〟と冬乃の【典正装備】によって強化された[狐火]を食らっていた【獏】はボロボロだったため、数回剣で攻撃しただけでその体は明滅し今にも消滅しそうになっていた。
【獏】自身も負けを認めたので、これ以上攻撃する必要はないだろう。
「やっと最後の【四天王】を倒すことができた……」
長かった。
今までの【四天王】は対峙したら何だかんだで1日で決着がついたのに、【獏】に限っては1カ月以上もかかったのだから、本当に大変だった。
『ごめん』
「ん?」
僕が今日にいたるまで苦労した事を思っていたら突然【獏】が謝りだした。
と、思ったら謝ったのは僕に対してではなかった。
『ごめん、アグネスちゃん。もうあなたの〝怒り〟を食べてあげられない』
アグネスって“憤怒”の魔女で【魔王】になっている魔女のことだよね。
『せっかく人類にも協力させ始めたのになぁ』
そう言えば夢や現実で出て来た食べるとイライラする謎の果実があったか。
よくよく考えると“暴食”の魔女のはずなのに、どちらかと言うと“憤怒”の魔女が何かをやっていると言われた方が納得のいく現象だった。
『ごめん、みんな。もう〝怒り〟を抑えてあげられない』
みんなとはおそらく他の魔女達のことだろう。
……怒りを抑える?
何だか嫌な予感がしてきたけど、大丈夫なんだろうか?
もうこれで夢であの果物を見ることはないから、アメリカ全土で寝るたびにストレスが溜まるはめになってイライラした結果犯罪が増える、ということはなくなるのだけど本当に倒してしまって良かったのか不安になってきた。
どの道【四天王】を全員倒して【魔王】を倒さないと世界が大変なことになる以上、倒す以外の選択肢はなかったのだけど。
――ポンッ
いつの間にか完全に目の前から【獏】が消え、その代わりにいつもの宝箱が2つ出現していた。
おそらく【四天王】と【獏】で1つずつということなんだろうか。
心に微妙なシコリを残しながらも、何とか【獏】を倒せ――イギッ!?
クラリと突然眩暈がし、尋常じゃない頭痛と吐き気に耐え切れず膝をついてしまう。
い、一体何が……?
【獏】を倒したのは目の前にある報酬の宝箱がその証明。
だからこれが【魔女が紡ぐ物語】による攻撃とかではないのは間違いな――うぐっ!
ヤバい。吐き気が止まらない。
膝立ちでいるのも辛くて気が付けば地面に横たわっていたけど、そんな事を気にする余裕も無いほどの身体の異常。
ま、まさか……。
【典正装備】を2つ同時に〔典外回状〕を使用したことによる影響?
今まで使おうとも思わなかったし、使えるとも思えなかったけど、それを無理やり使えてしまったせいなのか?
うっ、もうダメだ。
考える余裕も……。
「蒼汰君!」
『主よ!』
『主様!』
どこか遠くから声が聞こえてくるのを感じながら僕は意識を手放した。
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