46話 理を裏返せ
≪“暴食”の魔女 ビディSIDE≫
『なんで倒れない……』
現れた挑戦者、その最後の1人がどうしても倒れなかった。
何度〝暴食再現悪夢侵魘〟を使ったか分からない。
少なくとも10回は使ったはず。
「うぐっ、ああ!!」
なのに何度悪夢を見せても多少嗚咽を漏らすだけで、剣を振って分身を消そうと無意味に藻掻いている。
多少分身を消したところですぐに復活するから無駄なのに。
すでに分身の数は消されずに増殖し続けたせいで地平線のかなたまで存在していて、この中から本体であるワタシを見つけるのはまず無理だ。
一番最初に脱落させた女の子のように大規模な攻撃ができればいいのだろうけど、現実でもそんな事ができる人間が2人も都合よくいるはずもない。
まぁ夢の中限定でなら想像力を駆使して誰でも同じことができるし、本体であるワタシにはともかく想像力の攻撃でも分身には効くのだけど、何度も精神攻撃を食らってフラフラになっているあの様子ではそんな事も考えつかないだろう。
仮に思いついても、あの状態では現実ではできない事を想像して具現化するのは不可能だ。
つまりどう考えても詰み。
だから早くこの世界から出て行ってくれれば、〝怒り〟を食べる事ができるのにいつまでもいるから邪魔でしょうがない。
いっそのこと、果実の生えてるところまで引っ張っていって一緒に食べさせる?
……いや、あまり意味ない。
どちらかと言うといつまでもここにいられると、【魔女が紡ぐ物語】としての役割も果たさないといけなくなってむしろ効率が落ちる。だから――
『もう諦めて帰って』
そう何度も通告している。なのに彼は頑なとして首を縦に振らず、むしろ勢いよく横に振って拒否してくる。
おかしい。
悪夢とは言っているけど、こんなの過去のトラウマを強制的に見せさせられている事なのだからかなりの苦痛のはず。
ワタシなら多分発狂してる。
おそらくワタシなら魔女狩りで村人や騎士達から追い立てられ、家族を殺される悪夢を見ることになる。
それをまた体験させられるだなんて想像もしたくない。
どんな人間でも大なり小なりトラウマがあるはずなのに、この少年はそれに耐えられるだなんて、よっぽど幸福で恵まれた人生を送ってきたのだろう。
もしもこの場に“嫉妬”の魔女がいたら、襲い掛かってしまうんじゃないだろうか?
でもそれにしてはあの勇者の紋章が金色なのがおかしい。
あれは【魔女が紡ぐ物語】に戦いに挑むほどの何かを成し遂げた人間の中でも、相応の苦難を乗り越えた人間でなければ至れないもののはず。
そんな人間のトラウマが何度も繰り返し見せられても耐えられるものなの?
『何故、耐えられる』
「耐えてる、わけじゃない。ただ、これが、普段から日常なだけ、だよ……」
息も絶え絶えにそんな事を言い始めた。
「課金できない日常が当たり前の悪夢な現実。それを解決したくて僕は冒険者をやってるんだから!」
意味が分からない……。
悪夢がデフォルトになってるから効いてないとか、それだけ苦しそうにしてるのにそんなはずない。
何なのこの人?
もう面倒だから早く帰って!!
『暴食再現悪夢侵魘』
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!!」
『暴食再現悪夢侵魘』
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!!」
『暴食再現悪夢侵魘』
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!!」
『暴食再現悪夢侵魘』
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!!」
『暴食再現悪夢侵魘』
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!!」
あまりにも悲痛な叫びにこちらの心の方が折れそうだった。
それでも止めるわけにはいかない。
もう気絶するまで追い込んで、無理やり帰らせてやる。
そう考えたその時だった。
――バキンッ
――バキンッ
2回の破砕音。
少年の手にはすでに手からこぼれ落していた剣の代わりに、刀と呼ばれる武器の刃が無い物を握っており、さらに少年の上空には黒い雲が出現して黒い雨がポツポツと振り出した。
なっ、〔典外回状〕!?
しかも2つ同時使用!!?
マズイ、やりすぎた!
顕現させていない【典正装備】が勝手に出てきて〔典外回状〕を引き起こしてしまうだなんて……!
しかもそれを2つ同時だなんてよっぽど精神に負荷のかかる、それも死にたくなるほど強烈な感情でなければ起こらない現象のはずなのに、しくじった。
「理を裏返せ、〔忌まわしき穢れは逃れられぬ定め・黒水偽鏡〕〔太郎坊兼光・天魔波旬〕」
少年の手に持った柄に、上空を浮かぶ雲も降り注ぐ雨も、さらには周囲に降り注いだ水たまりに至る全てが急速に集っていった。
1つでも強大な力を発揮する〔典外回状〕。
だと言うのに単独で1つの効果を発揮するのではなく、2つが合わさって1つとなったら単純な足し算では収まらないはず。
今までこんな事ができた人間なんていないから、何が起こるか分からなすぎる!
『夢置換』
とにかく今は逃げるに限る。
すでに地平線の彼方まで分身は展開できているのだから、もっとも端にいる分身と自分を入れ替えて、〔典外回状〕の効果が切れるのを待つしかない。
〔典外回状〕は強力でもそれほど長時間効果を発揮できないはず。
どれだけ強力であっても当たらなければ意味は――
――パキーンッ
ガラスの割れるような軽い音と共に、突然ワタシの目の前には刀を振り切った姿勢の少年が目の前にいた。
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