42話 暴食再現悪夢侵魘
いつの間にか僕らの遥か頭上に【獏】はいた。
【獏】の口が大きく膨れ上がり、先ほどのように炎弾、もしくは今の冬乃のように炎でも撒き散らす気か?
そう警戒していたが、口から出てきた物は火と真逆の物だった。
「よだれ!? それとも胃液!?」
何かしらの液体を吐き出し広範囲に撒き散らしてきた。
何か分からないけどあれがただの液体だと到底思えない。
そのまま無抵抗に浴びるのはさすがにマズイだろう。
[フレンドガチャ]から傘かカッパでも――いや、もっといいのがあった!
「みんな僕の周りに集まって!」
「分かった」
『『うむ!』』
咲夜達、そして呼び出した冬乃が僕の周囲に集まったのですぐにあの【典正装備】を展開する。
「〔不浄を通さぬ黒き毛氈〕」
あらゆる液体を衝撃を含めて通さない習字道具の下敷きだ。
ある程度手に持たないでも操れるので、最大の三メートル四方に広げても端の方までピンっと伸ばして空中に固定できる。
さすがに人に引っ張られたりしたら簡単に移動してしまうし、何かを乗せたりできる浮力はないけれど、上からの液体を受け流すならこれで十分だ。
何とか防げた事にホッとしていると、どこからともなく甘い匂いが漂ってきた。
『うっ、この匂い、あの果実か』
『しかもかなり匂いが濃いの。果実の状態と違い食欲が湧くということはないが、これを浴びたらどうなるかは想像がつく』
「『怒り狂え』って言ってたし、つまりそう言う事だよ、ね?」
なんて危険な攻撃を……。
少しでも浴びたら理性が飛んで敵味方関係なく暴れる事になりかねないなぁ。
『ちっ』
地面に降りた【獏】が舌打ちしながら忌々し気に僕が展開している下敷きを睨んできた。
『仕方ない、本気でいく』
え、今の今まで手を抜いて戦ってたの?!
今のも十分厄介な攻撃だったのに、ここからはさらに厳しくなるとかきついな。
『悪夢を寄こせ』
――バクンッ
?
何かは分からない。
だけどさっきまであったはずの何かが今、確実に失われた。
「……何、したの?」
口数の少ない“暴食”の魔女が答えるとは思えないけど、思わずそう尋ねずにはいられなかった。
あったはずのものが無くなったなんて、ましてやそれが何かが分からないだなんて恐怖でしかないのだから。
『暴食再現悪夢侵魘』
【獏】からの返答はなく、代わりにその口から再び吐き出してきたのは暗いトーンのカラフルなマーブル模様の光だった。
◆
気が付けば僕はある場所に立っていた。
度々利用するその施設に何故僕はいるんだろうか?
そんな疑問は鳴り響いた機械音のせいで頭の片隅に追いやられる。
――ピロン
突如として目の前に浮かび上がる謎の半透明のボード。
見てはいけないと本能が訴えるけど全てが遅かった。
そこに書いてある文字を目にした瞬間、絶望が僕を襲った。
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!!」
全て、思い出した。
あの日コンビニで忌まわしきスキル、[無課金]を手に入れてしまった悪夢を僕は奪われていたんだ。
◆
「はぁはぁはぁ、最悪な精神攻撃だ……!」
『納得いかない』
何でだよ。
僕を見てくる【獏】は眉をひそめて呆れた目で見てくるけど、なんでなんだよ。
『ん』
【獏】は相変わらず言葉数少なく短い手をこちらに、いや僕の傍にいる咲夜達の方を指さしていた。
「あっ……ああ……」
『『ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!』』
虚ろな目をして泣いている咲夜と怒り狂って吼えているクロとシロがそこにいた。
それぞれどんな悪夢を見せられたかは何となく察せる。
咲夜は僕らと出会うまでは1人ぼっちで過ごしていた悪夢で、クロとシロは仲間達と一緒に罠にはめられた時の悪夢だろう。
『普通はそうなる』
「僕が普通じゃないみたいに言うの止めない?」
僕だって相応のダメージ受けてるんだけど!?
『まあいい。お前だけでも何度もやるだけ』
は?
『悪夢を寄こせ』
今、また何かが奪われた感覚がした。
連続で出来るとか嘘でしょ?
『暴食再現悪夢侵魘』
◆
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!!」
◆
「うぐっ、おえぇぇ!」
過去のトラウマを無遠慮にほじくり返されるんだから最悪だ。
しかも一旦その時の記憶を奪われるせいで、新鮮な気持ちで再体験することになるのだから慣れる事は絶対にない。
ここまで酷い精神攻撃をしてきた【魔女が紡ぐ物語】は未だかつていなかったぞ!
『帰れ。心を殺されたくなければ』
そう言って【獏】は短い手で指す先にはいつの間にか大きな扉があり、そこを潜れば現実世界に戻れるだろうというのが分かった。
凄く、帰りたかった。
悪夢なんてもう見たくなかった。
でも――
「帰るわけにはいかない、か」
ここで諦めたら【魔王】は倒せず、世界中が魔物に襲われてしまい、まともに社会は回らなくなった結果ソシャゲの会社も潰れてしまう。
それじゃあ結局この悪夢よりも最悪な現実が訪れることになるのだから、諦めるわけにはいかないんだよ!
『……意味が分からない。
ワタシは相手に悪夢を叩きつける能力にほとんどのリソースを回している。回数に制限はない』
「第一はともかく第二の試練でかなり使ってるんじゃないのか……」
あんなに酷い試練だったのに、ほとんどリソースが使われていないとか反則だ。
『あの試練は……』
ん? 途中で喋るの止めたけどどうしたんだ。
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喋るの疲れた
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まさかの看板で会話し始めたぞ。
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