33話 セーブポイント
セーブポイントの設置。
その恩恵はまだ受けていないけれど、それがどれだけ有用かはすぐに身をもって体験することになる。
なにせ今目の前にいるボスっぽいコミカルで巨大な猫が大量のパンを空中に投げており、それにぶつかったら瞬く間に自分の肉体に脂肪がつき、ドンドン太って動けなくなり自分の体重で床が抜けて墜落死してしまう敵と対峙しているのだから。
「くっ、こんなのどうやって避ければいいの?!」
『かすっただけでもアウトだぞ主よ!』
『部屋の隅なら弾はあまり飛んでこないからそこに逃げるのじゃ!』
なんとかパンを避けてはいたものの、流石に限界がきた。
このギミックを止めるらしきスイッチを1回は押せたけど、スイッチがまた別の場所に移動し弾幕のパターンが変わってしまった。
そのせいで僕らは急に変わったパターンに対応出来ず、飛んできたパンに当たった次の瞬間には身体が一気に太り、床が抜けて墜落死してしまった。
◆
死に戻りした僕はベッドで寝かされていたので、また再挑戦するために赤い石のところに来た。
そしたら赤い石の傍にいた母さんと彰人が信じられないといった表情で僕を見てきたけど、何故?
まあいいや。
それよりもさっきの場面をどうクリアするかだ。
「あれ、パターンを自力で覚えないとクリア出来ないよ」
口頭でパターンを伝えるのは流石に無理があるから、一度体験しないことにはクリア出来そうにない。
「いやそんな事よりも復活早くない? 蒼汰以外に試練に挑戦している人は2、3時間くらい寝てるのに、なんで死に戻りして15分で起きて来れるの?」
なんだ、そんな事か。
「3週間も挑み続けたら嫌でも慣れるよ」
それに加えて昨日のガチャの興奮が残っているのもあるからか、数十分程度寝れば起きられるんだ。
さすがにガチャバフが無ければ1時間は少なくとも寝ていただろうけど。
「はぁ、慣れるものじゃないでしょうに。あんまり無理するんじゃないわよ」
「何故にため息」
「そりゃ吐きたくもなるわよ。息子がこんな死を体験し続ける試練にまたすぐに挑もうとしてるのだから。
精神的に辛くならないか心配で仕方がないわよ」
辛いか辛くないかで言えばそりゃ辛いけど、今更ここで止めるわけにもいかないし。
それに今は凄く調子が良いので、今の内に進めるだけ進んでしまいたい。
僕がダメでも他の人が【四天王】を倒してくれればいいわけだしね。
「ところで本当にセーブできてる?」
僕の精神よりもどちらかと言えばそっちの方が不安だ。
「疑り深いなぁ。安心してよ。ちゃんと蒼汰がさっき挑んだパンを飛ばしてくる猫の手前からスタートできるようになってるからさ」
「それは良かった」
もしそうじゃなかったら、ただでさえあのパターンを覚えるのに少なくとも数回かかるだろうに、そこに辿り着くまでに2時間はかかることを考えると、ここを通り抜けれるようになるまで丸一日以上かかるところだった。
「2日ぶり、いえ、そんなの関係なく何で2時間ノーミスでいけるのよ」
「それはもう何十回とやって罠の位置は把握してるし、元々セーブ無しでやってたんだから序盤とか飽きるほど通り抜けたよ」
母さんに呆れた目で見られてしまったけど、さすがに何度も死んでたら嫌でも覚えるって。
「はぁ」
「またため息を吐いてるよ」
「誰がそうさせてると思ってるのよ。蒼汰を見てると心臓に悪くて仕方がないわ」
「別にやりたくてやってるわけじゃないのに」
ここで【四天王】を倒さないと世界が大変になってソシャゲの会社がつぶれてしまいかねないのだし、精神世界に入れる人間が限られている以上仕方ないんだよ。
「分かってるわよ。もう諦めてる」
どこ疲れた表情を浮かべる母さんに対し、一緒に着いて来ていた乃亜達が母さんへと近づいて行った。
「安心してくださいお義母さん。わたし達がちゃんと先輩を見張ってますので」
「……ボクも見張る。だからお義母さんって呼んでいい?」
「娘がまた増えたわ……」
母さんが額に手を当てて、さっきよりも呆れた目で僕を見てきてる。
別に自分から増やしにいったわけじゃないのに!
「まあいいわ。蒼汰の事を見てくれるなら親としてこれほど心強いことはないもの。
……でもお嫁さんを増やすのはほどほどにしなさいよ?」
「だから自分から増やす気は一切ないんだよ」
そりゃ男として女の子に好かれるのが嬉しくないかと言われたら嘘になるけど、乃亜達がいるのに無理に増やしたいとか欠片も思わないし。
「あんたがどう思っていようと、嫁が増えたという結果が全てよ」
「それを言われると何も言えない……」
結果が全てとか言われたら反論できないじゃん。
「はぁ、これ以上母さんに何か言われる前にさっさと試練に行こうかな」
「うん、行ってらっしゃい。第一の試練もスキップできるから、さっきのコミカルな猫の直前から始まるから気を付けてね」
「分かったよ彰人。じゃあみんな。また行ってくるよ。〔明晰夢を歩く者〕」
僕は早速〔明晰夢を歩く者〕を使って精神世界に入る準備をする。
「さっきも見たけど、息子が娘になる瞬間は何度見ても慣れないわ」
「言わないでよ」
好きでこんな恰好してるわけじゃないんだからさ。
僕は再び赤い石に触れて精神世界へと入る。
そこはいつもの大量の料理が並んでいる机の前ではなく、先ほど挑戦したコミカルな巨大な猫のいる部屋の前だった。
やった! 本当にセーブが出来ている!
もっと早くこれが欲しかったとも思うけどそれはそれだ。
これで試練に挑みやすくなったぞ!
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