18話 死の絶望を鼻で笑う
1人になってしまったあの後、右の通路を選んで木の扉を開けるとそこは部屋ではなく通路で、床や飛んでくるであろう矢に注意して先に進んだら、無色透明の箱に頭を盛大にぶつけて引っくり返ったと同時に、上から剣が落ちてきて心臓にピンポイントに突き刺さり無事(?)死亡した僕は、気が付けばベッドの上で横になっていた。
どうやら試練に失敗してあの世界から追い出されてしまったようだ。
いや、ホントあんな初見殺しの迷宮とか一発クリアは無理だよ。
そんな風に思っていたら、頭の上から声が聞こえてきた。
「あっ、先輩が目を覚ましました」
「顔色は問題なさそうね」
「……心にも余裕はありそう」
「戻ってきたと思ったら地面に倒れたまま起き上がらなかったから心配したよ」
「他にも鹿島先輩と同じように戻ってきて気を失っていた者達がいたが、まだその者達は起きてきていないから余計にな」
咲夜以外のみんなが寝ている僕を見下ろしてきいた。
僕が平然としている様子を見せているからか、どこかホッとした様子だった。
「ここは……テントの中?」
「はいそうです。あの赤い石からある程度離れた場所に建てられたテントですね」
どうやら試練に挑んだ人間が出てきた時にすぐに保護、治療が行えるように準備されたもののようだ。
だけどそんな事はどうでもいい。
「……咲夜ならまだ寝てる」
咲夜はどうしているのかと聞こうとしたら、オルガが察したのかすぐにそう言って隣のベッドを指さした。
僕は気だるげな体を起こすと、オルガの言う通りそこに咲夜が寝ていた。
「咲夜の精神だけあの赤い石の中にある状態ではないんだよね?」
「ええそうよ。蒼汰があの赤い石から出た後、だいぶ経ってから赤い石から光が飛んできて咲夜さんの身体に当たったから、間違いないと思うわ」
「未だに戻ってきてない人達もいるけど、その人達はまだ奮闘しているのかな?」
良かった。
ソフィが言う奮闘していると思われている人達と違い、100皿の試練でなんとか食い続けるのを我慢して次の試練に挑んで死に戻れたようだ。
もしもそうでなかったら終わらない100皿の試練を続けていたことだろう。
「ところであの赤い石の中で何があったんですか?」
「ああ、実は――」
乃亜に尋ねられたので、赤い石の中で起こった事を説明すると、全員が微妙な顔をして赤い石のある方へと視線を向けた。
「つまりまだ戻ってきていない人達は、十中八九その100皿の試練でご飯を食べ続けているってこと?」
「おそらくね。死に覚えゲーの迷路の試練に行ったら、悪辣な罠のせいで僕らと同じようにこっちに戻ってきてるだろうし」
しかも僕と違って前情報なんて何もなく、たった1人で即死トラップがあると予見して警戒し続けなければ初見でゴールに辿り着くのは不可能であることを考えると、ほぼ全員が最初の扉のドアノブから突き出る毒針で死んでいてもおかしくない。
「食欲に負けて試練をおろそかにするとは、何とも情けない話だな」
「ううん。あれは仕方ないと思う、よ」
「あ、咲夜!」
オリヴィアが呆れた口調で未だに戻ってこない冒険者を非難していると、ちょうど目を覚ました咲夜がそれをフォローした。
「咲夜先輩、大丈夫ですか?」
「うん大丈夫。ちょっと精神的に疲れたけど支障をきたすほどじゃないから、ね」
ムクリと体をベッドから起こした咲夜はふぅ~とため息をついた。
「正直、100皿の試練の誘惑を振り切るのは辛かった。あと一口が延々に続いて、不必要に多く食べてたと思う」
「そんな状況でよく次の試練に行けたね」
「蒼汰君も試練を受けてるのに、咲夜だけこんなところで立ち止まってるわけにはいかないと思ったらなんとか振り切れた」
咲夜にそう言われて僕は少しだけ罪悪感を感じてしまった。
僕の場合、クロとシロに任せて1口も食べていないため、料理の誘惑を振り切るとかしていないし。
僕はそんな罪悪感を振り払うように、咲夜に続けて問いかけた。
「そ、それより咲夜。100皿の試練の次、迷宮の試練なんだけど、どんな感じだったか覚えてる?」
「狭い迷宮で木の扉を開けたら、矢が飛んできた後に落とし穴に落ちて気が付いたらここにいた、よ」
「シロと同じパターンか。ドアノブから針は飛び出さなかった?」
「出てきたけど、[鬼神]のお陰で皮膚を貫通しなかったから」
そう言えば咲夜、剣や槍を生身で受けても傷つかないもんね。
それにしても落とし穴だけならともかく、他の部分まで全く同じだったのか。
「僕と咲夜、全く同じ試練内容だったことを考えると、やはり死に覚えゲーの迷宮だと思って間違いなさそうかな。
次また同じ罠が張り巡らせてあったら死に覚えゲー確定だね」
僕がそう言うと、乃亜達が心配そうな表情でこちらを見てきた。
「そんな死に覚えゲーだなんて……。ゲームでならいくらでもコンティニュー出来るでしょうが、実際に死に戻りするのは辛くないですか?」
「ええ、そうね。しかも試練を攻略するために何度も死に続けるだなんて頭がおかしくなりそうよ」
乃亜と冬乃がそう言うけど、少なくとも僕はそこまで辛いとは思っていない。
「心配してくれてありがとう。だけど思ったより平気だから大丈夫だよ」
まぁ剣が胸に刺さって死んだから、多少うっ、って思うところもあるけれど、死の絶望が一瞬過ぎて何かを感じる間もなく意識を失ったし、ガチャ爆死の絶望と比較したらさほど気にすることではないかな。
あの世界での死は本当の死というわけではないんだし。
「それより早速報告しにいかないと。これが死に覚えゲーなら、情報交換して少しでも避けるべき罠の存在を周知しないと試練を突破できないよ」
僕がそう言うと咲夜も頷いてくれたので、一緒に作戦本部のある場所へと移動した。




