10話 悪夢
アヤメ達が僕のスキルのスマホの中に戻ってしまい、部屋に1人だけとなったので眠ることにした。
「明日何が起こるか分からない以上、早めに休んでおかないとね」
存外疲れていたのか、ベッドで横になるとすんなりと眠ることが出来た。
それが悪夢の始まりだった。
◆
――カシュッ、ムシャムシャ
寝ているとどこからか咀嚼音が聞こえてきた。
まるで何か野菜や果物を生で食べているかのような音。
ASMRで咀嚼音の動画があるけれど、まさにあれを聞いているかのような気分だった。
「荒れ地に裸足、ってこれ夢か」
咀嚼音で徐々に目が覚めてきたと思ったら、いつの間にか裸足でどこまでも続く荒れ地に立っている事に気付き、それが明晰夢だというのを何となく自覚した。
というか、夢でもなければこんな場所で気が付いたら裸足で歩いてるはずもないよ。
「こんなにも夢を夢だと自覚する夢を見たのは久々だなぁ」
前に見た時はスマホ片手にガチャを回している夢だっただろうか?
あ、片瀬さんの時に〔桃源鏡・夢幻牢獄〕で強制的に見せられた夢とはまた別で、自力で見た夢のことだ。
――バリッ、ムシャムシャ
その時も片瀬さんの時同様ガチャを回していたのをハッキリと覚えてる。
夢だから好きなだけガチャが回せるぜと喜んでたけど、目を覚ました時に「あれが現実だったら……」と何度も思ったからよく覚えてるよ。
しかも現実の方じゃ無事爆死したのだから余計にだ。
「さてそれはともかく、せっかくこれが夢ならガチャを回したいところなんだけど……」
自分の夢だというのにポケットの中を探ってもスマホはなく、念じてもスマホは出てこない。
くそっ、何のための明晰夢なんだ!
せっかくだから久々に脳死で飽きるほどガチャを回したかったのに残念過ぎる……。
――カシュッ、ムシャムシャ
「こんな何もない夢ならとっとと目を覚ましたいなぁ」
そう思いつつ、そういえば先ほどから聞こえてくるこの咀嚼音は一体何なのかとようやく思い至った。
――ムシャムシャ
「どこから聞こえてくるんだ?」
僕は周囲を見渡すと、先ほどは何故か気付かなかった場所に大量の果実が実っており、その中央に鼻の短い象をデフォルメしたような生き物が、物なんか掴めそうにない手を使って器用に果実を一心不乱に喰い続けているのを見つけた。
「自分の夢なのに変なものがいるなぁ」
まあ夢なんて荒唐無稽なものなんだし、あんなのが現れてもおかしくないか。
珍妙な生物の存在が気になった僕は、周囲が荒野で何もないのも合わさって、好奇心からその生物へと近づいて行った。近づいてしまったんだ。
何故気が付かなかったのか。
地面に生えている果実が明らかに【玄武】の時に周囲に生えていたあの果実であるというのに。
――ズグンッ
「うっ!?」
唐突にお腹に感じる感覚が、まるで胃の中に何か重いモノでも落ちてきたかのような錯覚を覚え、思わずお腹を押さえてしまう。
そしてその次の瞬間、覚えのある感覚が僕を襲う。
――ぐぅ~
異常なまでの空腹。
それはかつて課金しすぎてモヤシすら買えず、水だけで過ごさなければいけなくなったあの日の感覚。
これはちょうど2日目辺りの強烈な空腹感と似ていた。3日くらいすぎると逆に感じなくなるのだけど、今はそんな事どうでもいい。
「な、なんで急に……」
理解できない空腹感に困惑していると、漂って来る甘い香りが鼻腔をくすぐった。
「ああっ……」
目の前にあるのが【玄武】の時の果実だとここにきてようやく分かった。
もしこれがあの時の果実と同じ物であるならば、不用意に近づいてしまった人はこの空腹感に耐え切れずに食べてしまったのだろう。
食べてはいけない。
理性ではそう思うも、本能は耐えきれなかった。
もしも周囲に他の人、乃亜達がいたら意地でも耐えていた。
食べれば暴走すると分かっているのだから、似た空腹感は経験済みで慣れているので、なんとか歯を食いしばっても食べなかっただろう。
だけど今は誰にも迷惑がかかることのない、自分の夢の中だ。
何を我慢することがあるだろうか。
「はぁはぁ」
口からよだれが垂れているのも構わず、僕は飛びつくように果実を手に取り貪り食った。
――ニクイ
濃厚な甘さと芳醇な香りが口内に侵食してもはや食べることしか考えられなかった。
――ニクイニクイニクイ
あっさりと1つ食べきっていた僕は無意識に手に取っていた2つ目を口にしていた。
――ニクイニクイニクイニクイニクイニクイ!!
徐々に満たされていく食欲と共にようやくそこで自覚する増幅していた憎悪。
頭がおかしくなりそうだったけど、まだ完全に満たされていない食欲は抑えきれず憎悪が増すのも構わずに食べ続けていた。
――ニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイ!!!!!
◆
「うるさい!!」
かつてない最悪な目覚めだった。
15万爆死した次の日の寝起きの気分とは別の意味で最悪な気分だよ……。
「はぁはぁ、なんて夢だ……」
夢だと分かっているはずなのに、まるであの果実が本物であったかのようにイラつきが収まらない。
「夢の時のような憎悪はないけど、それでもイライラする気分になるなぁ」
僕は微妙な気分のまま顔を洗ってご飯を食べるためにホテルの廊下を出ると、そこには他のみんなが集まっていた。
「ああ、先輩もですか……」
乃亜達の表情は明らかに不機嫌さがにじみ出ていた。
どうやらあの夢は僕だけが見たわけではないようだ。




