8話 名は体を表し、体は効果を表す
僕らの目の前で【玄武】が倒された事により周囲は雄たけびを上げているけど、どこか釈然としないものがあり、一部は微妙な空気が流れていた。
「これで終わり、なんでしょうか?」
今まで出会ってきた魔女、いや【魔女が紡ぐ物語】の中であまりにも戦闘らしい戦闘にならず終わってしまったことに違和感しかなく、本当に倒せたのか疑問でしかなかった。
咲夜の目の前に【魔女が紡ぐ物語】討伐証明である宝箱がなかったらとてもじゃないけど信じられるものではない。
「とりあえず開けてみる、ね。中身が【典正装備】なら【玄武】は討伐された、って言えるし」
「確かにそうだね。でも罠かもしれないから気を付けて」
「分かった」
[鬼神]を全力で使用した状態のまま、咲夜が宝箱を開けて本当に討伐されたのか確認する。
固唾を飲んで僕らは見守ったけどその心配は杞憂で、咲夜が宝箱を開けても何も起こらなかった。
「うん、大丈夫。一応【典正装備】だった、けど……」
「けど?」
咲夜が困惑した表情で宝箱から取り出したもの。それは――
「枕だった」
………まあ、うん。
そういう事ってよくあるよね。
世の中には【典正装備】が習字道具でも意外と使えるんだからうぅ……。な、泣いてないし。
「出てきた物が【典正装備】であれば倒したと思って問題なさそうね」
「なんだかあっけなさすぎる気もするけど、フユノの言う通り倒せたのだから気にするだけ無駄か」
ソフィはそう言いながらも周囲を警戒しており、何があっても対応できるように身構えていた。
いや、ソフィだけではない。
全員が今までの経験からまだなにかあるんじゃないかと疑っていた。
しかしその後結局何も起こらず、一旦冒険者達は一か所に集められ【典正装備】を獲得した人間の確認が行われた。
「なんだと? それは本当か!?」
咲夜が【典正装備】を手に入れたため、その報告のために軍の司令部の所に来ていたので軍の人の声が僕らにはよく聞こえた。
「4つしか【典正装備】が出てこなかったというのは本当か?!」
「はい。確認しましたがここにいる彼らだけです。隠し持っているという可能性もありますが、【典正装備】は持ち主が固定の専用装備となるため、隠す意味はありませんし……」
4つしかない、ということは【玄武】の【典正装備】だけしか出ておらず、【四天王】や“暴食”の魔女自身が展開している【魔女が紡ぐ物語】は未だ健在である可能性が高いということになる。
「蒼汰君」
「どうしたの咲夜?」
まだどこかに居そうな【魔女が紡ぐ物語】について考えていたら、咲夜が僕の肩をポンっと叩いてきた。
「この【典正装備】なんだけど……」
そう言って咲夜は手に入れた枕を見せながら、再度口を開く。
「名前が〔夢枕〕ってなってるんだけど、【玄武】の【典正装備】しか出なかったことに関係ある、かな?」
……めっちゃありそう。
◆
あの後、軍の人は念のため確認を行ったけどやっぱり【典正装備】は4つしか出ていなくて、しかも4つとも同じ【典正装備】だった。
〔夢枕〕という名前からして【魔女が紡ぐ物語】に関わる何かが起こるに違いない。
そう思ったのだけれど――
「効果は寝た時間に応じて体力を回復でき、他人の夢に干渉することができる、って能力みたい、だよ」
枕だ。
もう効果がめっちゃ枕。
僕の〔不浄を通さぬ黒き毛氈〕の時も思ったけど、名は体を表す、もとい体が効果を表してるんだよ。
〔夢枕〕という名前の割にあまり次の【魔女が紡ぐ物語】が関わって来そうな感じはせず、唯一〈他人の夢に干渉〉という文言が気になるところ。
単純に考えればこれを使って魔女の夢に干渉しろって事なんだろうけど、肝心の魔女がどこにも見当たらない。
「見渡す限り特に何もいませんよね?」
「そうね。周囲に人が多すぎるから気配を探ることは出来ないけど、【魔女が紡ぐ物語】っぽい何かは見当たらないわ」
冬乃が狐耳をピクピク動かしながら【玄武】のいた辺りを見ていた。
「【魔女が紡ぐ物語】はいない方がいいのに、今は見つかって欲しいと思うのだから不思議なものだな」
「……いるなら対処できるけど、いないものは対処できないから仕方ない。でもあの変な果実も生えてこないから、今のところ問題はないと思う」
確かにオルガの言う通り、そこだけは救いだね。
まだ別の【魔女が紡ぐ物語】がどこかにいて、人を暴走させる果実が至る所から生え続けるという悲惨な事になっていない事だけはマシかな。
「軍の人からはもうしばらく待っていて欲しいって言われているけど、いつまで待たないといけないのかな?」
「たぶん、【魔女が紡ぐ物語】が隠れていないか確認してからだと思う、よ」
【魔女が紡ぐ物語】なんだから隠れたりはしないと思うけど、一応確認してみるか。
僕は〔王からの支給品〕を取り出し、地面に垂直に立てる。
〔王からの支給品〕はもっとも近くにいる【魔女が紡ぐ物語】の方向を示してくれるだけの【典正装備】だ。
あまりにも限定的すぎるから使う機会なんてほぼないと思っていたよ。
僕はそう思いながらパッと手を離すと――
「なんで倒れないの?」
直立不動だった。
もしやと思い、空を見上げるもなにもなかった。
それなら地下にいるのか?
一応この事を軍の人へと報告すると、探査系の【典正装備】を持つ人間が地下を調べてくれたけど【魔女が紡ぐ物語】らしき反応はなかった。
〔王からの支給品〕はある程度近くに【魔女が紡ぐ物語】がいないと倒れないのだろうか?
その後数時間待ったものの何も起こらず、地面からあの果実が生えることがなかったため、この場は解散し念のため数日はアメリカに滞在することとなった。
釈然としないものを感じつつも、一先ず果実は生えてこなくなったのだから当面の問題は解決したのかな?
そんな考えはあまりも甘いということを、翌日の朝に嫌というほど思い知らされることになるのをこの時の僕はまだ知らない。
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