21話 出し惜しみなし
「それじゃあ行くわよ!」
「あ、待ってくだ――行ってしまいましたか……」
冬乃を乃亜が呼び止めようとしたけれど、身体能力を最大まで強化している冬乃はすでにカティンカの元に走って攻撃をしかけていた。
「乃亜、急にどうしたの?」
「いえ、どうせならバフを最大に盛ってからと思ったのですが、呼び止めるのが少し遅かったですね」
バフを最大って、冬乃が他に持っているスキルはあとは普通のスキルしかなかったはずだけど……?
「仕方がありませんね。せめてわたしだけでも強化しておくことにします。というわけで先輩、その空間から出てきてください」
「ん、なんで? ……あっ」
普段魔物と戦う時には使う事はないし、かと言って緊急の時にそれをする余裕なんてないからあのスキルが頭から抜け落ちていた。
「[強性増幅ver.2]で強化してから行ってきます!」
「やっぱりそうだよね!?」
エロいことをするだけで強化されるという羞恥心を殺しにくるスキルの存在をすっかり忘れていたんだ。
「急いでください先輩。やっかいな相手が2人もいますし、他の冒険者の人達もあの2人以外にも厄介そうな犯罪者達の相手をしていますから、わたし達で倒すしかないんですよ!」
「わ、分かってるよ」
分かってはいるけれど、こんな場所で今からすることに慣れたら色々な意味でダメな気がするんだ。
とは言えそんな事言っている場合じゃないので、一瞬で覚悟を決めて空間の外へと出る。
「それでは先輩。よろしくお願いします」
「う、うん」
腕を広げて催促する乃亜はこんな状況にもかかわらず少し嬉しそうな表情をしており、アイマスクである〔閉ざされた視界・開かれた性癖〕で目が隠れているにもかかわらず今からする事に期待しているのが分かった。
そんな表情を見せられると僕も思わず嬉しい気持ちになってしまうのだけど、今は本当にそんな場合じゃないのですぐに乃亜を抱きしめてキスをする。
「んっ」
柔らかな唇の感触と温もりを感じていると、今ここが外で迷宮氾濫の最中だということを少しだけ忘れさせた。
そのせいか徐々にお互いの気持ちが高まっていき、気が付いた時には舌を伸ばしてディープキスをしており、夢中になって僕らは互いを求めた。
「ははっ! あいつ、またやってやがるぜ! 盛り上がって来ましたーってか?」
「邪魔はさせない」
「お前らが俺を楽しませている間はそんな面倒な事わざわざするかよ!」
カティンカと咲夜の声が聞こえてきてハッとした僕はすぐにキスを止めて乃亜から顔を逸らした。
「も、もういいかな?」
僕が思わず口を押えながらそう言うと、乃亜からクスリと笑う声が聞こえた。
「そんな真っ赤にならなくてもいいじゃないですか。でも先輩のその反応は凄く嬉しいです」
ううっ。やっぱり[強性増幅ver.2]は羞恥心殺しだ……。
「よし、これでわたしも準備完了です! 先輩は避難していてくださいね」
「わかったよ。[画面の向こう側]」
僕はもはや慣れてすらきた真っ白な空間へと避難すると、それと同時のタイミングで乃亜はカティンカの元へと駆けて行った。
「今度はお前の番か。あの時よりもどれくらい成長したんだ?」
咲夜、オリヴィアさん、冬乃の3人を同時に相手しているにもかかわらず、新たな乱入者をむしろ歓迎するようにカティンカは獰猛に笑う。
「出し惜しみはしません。〔武神・毘沙門天〕!」
「いいじゃねえか。全力で来な!」
乃亜の切り札とも言える〔武神・毘沙門天〕により、1分だけだが毘沙門天の加護という強力なバフを得る【典正装備】を使って、手に持つ〔報復は汝の後難と共に〕の大楯をカティンカに叩きつけた。
「ぐぅっ!? これは受け止めきれねえな」
戦斧で防御しつつ後ろに下がって、乃亜の攻撃をカティンカはさばく。
「今」
「ここ!」
後退したカティンカが、まるで自分から向かって行くかのような位置に移動していた咲夜と冬乃が拳と脚でタイミングよく攻撃する。
「ちっ、連携が上手いな」
2人に気付いたカティンカは戦斧の石突を後方に突き刺し、棒高跳びのように地面から高く跳び、2人を飛び越してその攻撃をかわす。
「隙ありだ!」
「お前はもう少し静かに奇襲して来い。だがホント、前より随分強くなったじゃねえか!」
着地する前にオリヴィアさんが攻撃を仕掛けたけど、カティンカは空中でオリヴィアさんの剣を戦斧の柄で受け流してしまう。
片手というハンデを物ともせず高い戦闘技術を見せつけるカティンカに、僕は本当に厄介なのが出てきたと思うほかなかった。
力や速さにそれほど差はないように見えるのに、攻撃が当たりそうで当たらないのだから。
そんなカティンカは乃亜達の波状攻撃が止んだタイミングで満面の笑みで乃亜達を見てきた。
「ははははっ! おいおいお前ら、俺を喜ばせすぎだろ!」
「「「「喜ばせるために戦っているんじゃないんだけど!?」」」」
乃亜達全員が総ツッコミした。気持ちは分かる。
「時間もあまりありませんから、これで決めます」
「ほう。何する気だ?」
「本当は【四天王】と戦う可能性も考慮したかったのですが、あなた相手にそんな悠長な事言ってられません」
そう言って乃亜は〔閉ざされた視界・開かれた性癖〕を外した。
気に入っていただけたらブクマと☆の評価をお願いします。
カクヨム様にて先行で投稿しています。




