16話 悲しき運命を背負った人
僕らは他の冒険者達と共に、歩く速度でゆっくりと移動している魔物の群れの進路上に立っていた。
「京都といいロシアと中国といい、こんな光景を半年もたたずに3回も見る羽目になるなんて……」
「そうですよね先輩。京都の時にはこうなるなんて思いもしませんでした」
「僕はただガチャを満足に回したいだけなのに、なんでこうなったのか本当に不思議だよ」
半年前だったら絶対この場にはいなかっただろうなと、5メートルの防護壁を壊さずにそれに沿って向かってくる魔物達を見ながらそう思った。
〔ミミックのダンジョン〕、というよりほとんどのダンジョンの近くには万が一の迷宮氾濫対策としてダンジョンを囲むように防護壁が存在する。
毎年起きていた京都の〔スケルトンのダンジョン〕ほどのものではないけれど、それでもある程度時間稼ぎできるようにはなっている。
もっとも、今回に限っては魔物を出口に誘導する役割になっているが。
今回の【四天王】が率いている魔物達は建築物には手を出さず異界の住人しか狙っていないからであり、そうでなければ防護壁などあっさり壊されて大勢の死者が出ているだろう。
そういう訳でダンジョンの周辺には冒険者組合の建物くらいしか建物がないのもあり、建物への被害は軽微であった。
それを思うと【魔王】が倒されなければ、目の前のこの状況をさらに酷くしたものが世界各地でいつ起こるか分からないという、悲惨な現実が待っていると考えるとゾッとしてしまう。
まあ今は【魔王】よりも目の前の【四天王】達だけど。
「防護壁の出口から出た魔物もいるから、そっちの対処にも他の冒険者が動いているせいで【四天王】に挑む人員が京都の時より少ないかな?」
「京都の時は範囲が広すぎたし、全国から冒険者を募っていたから当然じゃないかしら?」
「今回は急なことだし、海外の人達で数人とはいえ金や銀の紋章持ちが来ている方が異常だと思う、よ」
ここの迷宮氾濫が起きてすぐの事を考えると冬乃や咲夜の言う通り、近場の冒険者がかき集められた感じか。
そう思うと海外から来た人達は結構無理したんじゃないかな?
「まあ【四天王】を倒すチャンスがあるなら、むしろ金と銀の紋章持ちは来ざるを得んだろう」
「そうですよね。だからこそ、防護壁の内側にいる【四天王】対策に金と銀は全員こちら側に割り振られたわけですし」
オリヴィアさんが当然だという風に言うと、乃亜もそれに同意していた。
しかしそれって僕らにも当然当てはまるんだよね?
……止めよう。今先の事を考えるのは心が折れる。
それはともかく、現在冒険者達は2つのグループに分かれている。
〔ミミックのダンジョン〕で迷宮氾濫が起きた直後に異界の住人を襲うために防護壁の出口からすでに出た魔物達がいるため、そちらの魔物を倒さす必要があるからだ。
先ほどまで防護壁の出口の周囲で自衛隊と共に僕らとは違うグループの冒険者が魔物を倒して、僕ら冒険者が【四天王】と戦えるように露払いを務めてくれた。
そのお陰であの人が悠々と準備できたわけだ。
『いつになったら歌わなくて済むようになるのー! いっくよ~1曲目。[戦え! 私の戦士たち]』
女装を強いられる悲しきアイドル、矢沢さんの心の叫びがそのまま口に出たような声がスピーカーを通して聞こえてきた。
僕らの一番後方には矢沢さんのスキルによって出たステージの上に矢沢さんと28体の人形たちが歌って踊っている。
【ミノタウロス】の時に手に入れた【典正装備】、〔28の舞台人形〕の力のお陰でこの場にいる全ての人間にバフが乗る。
勇者の証である紋章の色など関係なく大勢の冒険者がこの場に集まっているけど、その全員に対してバフを乗せられるのは相変わらず凄い。
それが銀の紋章持ちなら尚更だ。
【魔王】や【四天王】との戦闘で特効効果がある勇者の証は、それらが率いている魔物などに対しても有効だったのだから。
「ち、力が漲る……」
「ここにいる全員にバフが施せるなんて凄いな!」
「恵ちゃんハァハァ。め、目覚める……」
何やら変態もいたけど、戦ってくれるのであれば何の問題もない。
さて、僕らも動こうか。
「それじゃあ僕らも準備しよう。目標はソフィアさんの兄とアヤメの両親だ」
「あれを兄と呼んで欲しくはないね。アレとかあいつでいいいよ」
しかめっ面でソフィアさんは、兄のいるであろう方向を睨んでいた。
僕からのバフがついたらすぐにでも向かいかねないけど、ちょっと待って欲しい。
「下手にここで突っ込んでも向かって来てる魔物と戦うだけだよ。指示のあった通り、まずは紋章の色が銅以下の人達が魔物をある程度倒すまで待たないと」
「……分かってるよ」
少し納得がいかない様子ではあるけれど、少なくとも無謀な突撃は止められたかな?
『ワタシは行ってくるのですよ。あそこにいるのが本当にパパとママなのか確かめないといけないのです。〔曖昧な羽織〕』
ソフィアさんは無謀だから止めたけどアヤメなら問題ない。
〔曖昧な羽織〕は一度その能力を使えば12時間自分が干渉出来なくなる代わりに相手にも干渉されない効果だから、怪我する心配がないしね。
そんな不干渉状態のアヤメがフワフワと飛んでいく先にいる【四天王】の2人、クロとシロと思われる人物達は、冒険者組合がドローンで撮影してこの場に設置しているスクリーンの映像を見る限り、〔ミミックのダンジョン〕の前から動かずにその場でただ立っていた。
まるでここにいる僕ら冒険者の事など眼中にもないかのように。
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