49話 だって【アリス】よ?
【Sくん】が光の粒子となって消えていくと、先ほどまで頭の中が外に出てガチャをする事でいっぱいだったのに、今は周囲の事を考える余裕が出てきた。
「あっ、冬乃!?」
【Sくん】が虹色のカプセルを使った事で正気を失った結果、僕は地面に倒れてしまったんだけど冬乃は大丈夫だっただろうか?
「ばぶぶ!」
「よかった無事だったんだね」
離れた所にいる冬乃はこちらに片手を上げて嬉しそうに手を振っており、怪我をしていない様子だった。
僕は冬乃に近づくと、彼女を改めて抱きかかえて本当に大丈夫か体を見渡す。
「ごめん、冬乃。怪我はしてないよね?」
『ええ大丈夫よ。蒼汰が下になって倒れてくれたから傷1つないわ』
その時の事を全然覚えていないけど、よくやった僕。
無意識でも赤ん坊の冬乃が怪我しないように動けて本当によかった。
「先輩、大丈夫ですか?!」
「ごめん、蒼汰君。何も出来なかった……」
乃亜や咲夜、それに他のみんなも僕たちの元へと駆けつけてきた。
「何も出来なかったってことはないでしょ。あそこまで【Sくん】を追いつめてくれなかったら倒せてなかったし」
〔太郎坊兼光・天魔波旬〕は確かに強力だったけど、使用すると媒介に使用した【典正装備】は通常の〔典外回状〕と同じように1週間使用できなくなるから連発できないし。
そのため〔穢れなき純白はやがて漆黒に染まる〕が今は単体では使用不可能な状態になっている。
〔太郎坊兼光・破解〕を使えば【ドッペルゲンガー】の時の様にそのインターバルも無視できるけど、こっちも〔典外回状〕で使用できなくなった以上使えない。
まあさっき【Sくん】からHPと体力をむしり取ったので使えなくても問題ないのだけど。
「何も出来なかったのはワタシ達だね……」
「ああそうだな。無様にも敵の思惑に引っかかって醜態をさらしてしまった……」
ソフィアさんとオリヴィアさんは落ち込んだ様子だった。
【典正装備】欲しさにガチャを率先して回して課金までしてたもんね。
でも課金は戦闘できる程度まで、にしてHPは最低限残っていたおかげで【Sくん】の出した仲間と戦ってくれて十分助かったから、何も出来なかったと卑下する事はないと思うよ。
『これで全て終わったのです?』
「……でも報酬の【典正装備】が出てこない」
……っ!? そう言えばそうだ!
確かにオルガの言う通りいつもなら【魔女が紡ぐ物語】は倒されればすぐに報酬の宝箱が出現するのに今回はそれがない。
まさかまだ戦う相手がいるのか?
『クシシシ。安心しなさい。これで正真正銘終わりだから』
『キシシシ。ええそうよ。あくまで環境とボスがセットだったから、【アリス】がこの世界から脱出しない限り終わらないだけよ』
マリとイザベルが近づいて来て愉快そうに笑いながら、そう言ってきた。
よかった。さすがにもう戦いたくないと思っていたからそれを聞いてホッとしたよ。
「そうなんだ。それじゃあ早くこの世界を出よう」
いい加減このアリスの恰好から着替えたいところだし。
先ほどまで意識しなかったから気にならなかったけど、僕この恰好でボスに対して大見えを切りながら戦ったんだよね……。
ああ、早く着替えてぇーー!!!
羞恥でどうにかなってしまう前に僕は乃亜達と共に出口に向けて歩き出す。
もう出口の前にあったガチャの台座も【Sくん】と一緒に消えているのでもはや僕らを止めるものは何もない。
白い渦を潜り抜け、僕はようやく【アリス】の世界から脱出した。
――ポンッ
「きゃっ!」
「うおっ!?」
白い渦を抜けた途端、腕に急にズシリと重さが加わってバランスを崩しかけてしまった。
「あれ、元に戻ったわ」
冬乃だった。
赤ん坊だった冬乃が今は元の成長した姿で僕の腕の中でお姫様抱っこされていた。
そんな冬乃を見て真っ先に慌てたのが乃亜だった。
「冬乃先輩、ちょっと色々マズイ恰好になってますよ!?」
「えっ、きゃあっ!!」
「うわあっ」
それはそうだろう。
なにせ赤ん坊の姿だったため服はシャツだけしか着ていなかったのだから、今は裸にシャツ1枚というエッチな恰好になってしまっている。なんて目に毒なんだ……!
見ないようにしなければいけないのだけど、腕の中にいるせいで顔を横に向けて極力見ないようにするしか出来なかった。
「ちょっ、ごめん蒼汰降ろして! あと服もお願い!」
「わっ、わかった」
僕は急いで冬乃を降ろして[フレンドガチャ]から適当に冬乃に服を渡すと、冬乃は大慌てでそれを着始めた。
ん、僕の恰好もよく見たら元に戻っているな。
僕も着替えないといけないのかと思ったけど、あの恰好は【アリス】の世界の中だけだったようだ。
――ポポポポポポンッ
「あ、【典正装備】だ」
目の前に現れた【典正装備】を見てようやく今回の【魔女が紡ぐ物語】の騒動が終わった事が実感できた。
「あれ、ワタシ達にも?」
「まさか貰えるとはな……」
そう言って驚いているのがソフィアさんとオリヴィアさんだった。
環境とボスで2体分の【魔女が紡ぐ物語】だったから、報酬も8個分の【典正装備】だったのかな。
ちょうどここにいる8人に1人1つずつという形で分配されたようだ。
2人はあまり活躍できた気がしていないせいか、嬉しいけど腑に落ちないような複雑な表情を浮かべているけど、1人に2個分配されることはないみたいなのに加え、2人も環境の時やボスの時に十分活躍したから当然の報酬だと思うよ。
『あっ、カプセルトイが消えていくのです』
アヤメにそう言われて振り返ると、上から徐々に崩れ落ちるように光の粒子となって消えていた。
その様を見ていると、どうしても考えずにはいられないことが頭に過ぎる。
「……たくさん、人が死んだんだよね」
僕は消えていくカプセルトイを見て今回の出来事がフラッシュバックしていた。
「先輩……」
僕は悪くない。
そう言いきれればいいんだけど【アリス】だったのは僕だし、僕を元にして生まれた【魔女が紡ぐ物語】が人を何千人と殺した上に世界中に混乱を招いたというのに、その被害を見て見ぬふりは出来そうにない。
せめて人に直接的な被害がなければ良かったのに……。
『クシシシ。あらやだわ。そんな暗い顔で』
『キシシシ。ええそうね。試練に打ち勝ったのだから素直に喜びなさいよ』
助かった上に【典正装備】まで手に入ったのに落ち込んでいた僕の前にやってきたのは、宙に浮かんでいるマリとイザベラだった。
「それは……無理だよ。僕のせいで人がたくさん死んだようなものじゃないか」
『『あらやだわ。そんなくだらない事を気にしていたの? 死んだのはほとんど赤の他人じゃないの?』』
「そんな風に割り切れるものじゃないんだよ」
むしろそんな風に割り切ったらいけないものだと思うんだ。
『『…………ふふふ』』
『いいわねこの子』
『ええ本当に。でもしょんぼりしているところも可愛いけど、やっぱり面白おかしく振り回されながらも元気な方が素敵だわ』
『『ほら、あそこを見なさいよ』』
マリとイザベラが指さした先、そこには崩れていくカプセルトイの光の粒子の一部が一ヶ所に集まっていく光景であり、そこから大量の人間が次々と現れるものだった。
「「「あれ? オレ達死んだはずじゃ……」」」
【アリス】の世界でまだ生き残っていた人達だけでなく、試練中に死んだはずの人間までそこから現れていた。
「そんな……どうして!?」
僕が驚いているとマリとイザベラは相変わらず愉快そうに笑ってこちらを見ていた。
『クシシシ。人が生き返る上にそっちの女の子がどうして元に戻ったか分からないの?』
『キシシシ。だって【アリス】よ?』
『『【アリス】の結末は全て夢オチ、ってね』』
2人はまるで悪戯が成功したかのような小憎たらしい笑みを浮かべていた。
『もっとも私達はあなたを気に入ったから生き返らせる事にしたのだけど』
『ええそうね。もしも試練を受けたのがつまらない人達ばかりだったら間違いなく死んだままにしていたわ』
さらっととんでもない事を言う2人だ。
しかしお陰で【アリス】による死者がでなかったのだから、その核となった僕としては本当によかったと言うしかないね。
ホッとしている僕の頭をポンポンと軽く叩くと、こちらに向けて手を振ってきた。
『『それじゃああなた達とはこれでお別れね。とっても楽しかったわよ』』
上機嫌に言いたいことを言うと、マリとイザベラは光の粒子となってあっさりと消えていってしまった。
ようやくこの騒動が完全に終わったようだ。
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