47話 真性
どうにかしないといけない。
まだ正気な私だけがこの現状をどうにかできる唯一の人間なのだから。
………………無理よ。
赤ん坊の身体じゃ出来る事なんてせいぜい〔籠の中に囚われし焔〕を撃つだけだけど、出口に座ってる【Sくん】を一撃で倒せる火力を私は持ち合わせていない。
その〔籠の中に囚われし焔〕も蒼汰の支援が期待できない以上撃てるチャンスは一度だけ。
〔業火を育む薪炭〕はインターバルが30分あり今は使用不可。
唯一他に使える【典正装備】は〔溶けた雫は素肌を伝う〕でダメージが少し増やせる程度。
「ばぶぶ……([天気雨]……)」
さっきから何度もやっている[天気雨]もほぼ効果はなし。
邪気を払う[天気雨]ならこの結界の“強欲”と“傲慢”に効くんじゃないかと試してみたけれど、出力の違いなのかこのスキルではせいぜい進行を緩やかにする程度だった。
打つ手がない。
私の持ちうる手札を全て使ったとしても、この現状を打破する手立てが思い浮かばない。
せめてもの苦し紛れに[天気雨]を使い続け“強欲”と“傲慢”の進行を遅くしているけど、それもいつまで持つ事やら。
「ああ、ガチャが、ガチャが回したいです……」
「スマホ、スマホはどこ、なの?」
『もうスマホじゃなくてもいいのです』
「……そうだ。ガチャあった」
「「ガチャ~……」」
あ、ダメ!? [天気雨]は蒼汰と私の間の空間しか効果を発揮しないから、その範囲にいないみんなは進行を遅くすることすら出来ていないわ!
ガチャ欲の膨れ上がった乃亜さん達がフラフラと【Sくん】へ向かって行くけど、あの体についてるガチャを回そうとすれば【Sくん】に無防備に近づくことになる。
そんな事をすれば今は大人しく座っている【Sくん】でも容赦なく攻撃を仕掛けてくるに違いない。
「ばぶばぶぶ(そっち行っちゃダメよ)!」
みんなを引き留めようと短い腕を伸ばして訴えるも、赤ん坊の姿ではまともに喋れず、相手の腕を掴んで行かせないようにすることもできない。だったらせめて2人だけでも。
『乃亜さん、咲夜さん、そいつは敵よ!』
『違います。あれはガチャです』
『敵とか、もうどうでもいい……』
〔絆の指輪〕で言葉が通じても話が通じない!?
フラフラと近づいていく乃亜さん達はまともに武器も構えず【Sくん】へと無防備に近づいて行ってしまう。
あのまま近づけば【Sくん】に虫でも振り払うみたいに殴り倒さてしまうし、動けなくなるまでそれを続けてしまうわ。
もうダメなの?
どうにもならないの?
こんな終わりは嫌よ! お願いだから誰かなんとかしてよ!
「ははっ」
笑い声が唐突に聞こえてきてハッとした。
「ははっ、あははははははははははははは!!」
そ、蒼汰……?
「あははははあ゛あ゛あ゛あ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!!」
笑い出したと思ったら今度は怒り出した?!
一体蒼汰に何が起こってるのよ!?
『ガチャ?』
「何を首傾げてる。このガチャの紛い物が! 僕が外に出るのを邪魔をするんじゃない!!」
あまりの豹変ぶりに【Sくん】ですら、ナニアレ? みたいな様子をみせて蒼汰に対して首を傾げていたけど、蒼汰はそんな【Sくん】に食って掛かっていた。
なんで蒼汰は【Sくん】に対して他のみんなとは違って【Sくん】の身体についてるガチャに誘惑されないの?
だってあの体についているのもガチャでしょ?
『ガチャッ』
私が不思議に思っている間に、【Sくん】はガチャを回して新たなカプセルを手にしていた。
あれは金色のカプセル!
さっきあれから仲間が出てきたから、また出て来るのね。
『ヨゴスナー!』
【Sくん】が放り投げ、蒼汰の前に落ちた金色のカプセルからは思った通り【泉の女神】が出てきて、その手には当然のようにスマホがあった。
「邪魔」
『ヨゴスナ?!』
だけど蒼汰は目の前に現れた【泉の女神】をスルーして【Sくん】の元へと走っていく。
蒼汰が近くに現れたスマホを無視して行動するなんておかしいわ!
しかも今は【Sくん】の虹色のカプセルのせいでガチャ欲とかが増大しておかしくなってるから、間違いなくスマホに飛びつくはずなのにどういう事?
まさか[天気雨]を何度も使ったせいでおかしくなったのかしら。
でもあれにはほんの少し緩和する程度で、即落ちするほどの影響があった蒼汰にはまるで効果がないはずだけど……。
何が起こっているのか訳が分からなかった私は、蒼汰の突拍子もない行動をただ見ていることしか出来なかった。
『おかしいわ。どうしてまともに行動していられるの?』
『さっきまでは一瞬で地面に転がり回っていたわよね。こんな短時間で耐性を獲得なんて出来るはずないし……』
魔女の2人もありえないものを見るかのような目で蒼汰を見ており、何が起きているのか分かっていない様子だ。
そんな私達の疑問はあっさりと解消された。
「ガチャは自分のスマホでやらないと何の意味もないんだよ!!」
――バキンッ!
蒼汰は“強欲”と“傲慢”に抗っているわけでもなければ克服した訳でもなかった。
逆だ。
蒼汰は行き過ぎた“強欲”と“傲慢”のせいで、普段から[無課金]のスキルのせいで制限された自分のスマホでガチャを回したいという欲求があふれ出してしまっただけなのね。
だからこの世界では使えないスマホを使えるようにするために、この世界から出たいという己の欲に従っているからこその行動だわ。
でも戦闘力がほぼない蒼汰では【Sくん】には敵わないから、結局は乃亜さん達に起こるであろう結末が蒼汰に先に起こるだけ……。
ところで、何か壊れるような音がしたけど一体何の音なのかしら?
『『……嘘でしょ? あんなふざけた感情で覚醒しちゃったわ』』
魔女の2人の視線の先には、いつの間にか蒼汰の手にあった〔太郎坊兼光・破解〕だった。
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