33話 【煩悩の仏】と【飾りたがりのドッペルゲンガー】
≪冬乃SIDE≫
「はぁ、最悪ね」
「仕方がないですよ冬乃先輩。クジでこっちになっちゃいましたし」
「ねえ2人共。そんなに今から向かう【煩悩の仏】ってのは嫌な相手なのかい?」
「「滅茶苦茶嫌(よ)(です)」」
「そ、そこまでハッキリと言うほどなんだね……」
ソフィアさんが口元を引くつかせているけど、冗談でもなんでもなく嫌な相手よ。
せめてもの救いは“色欲”の魔女エバノラの試練全てではなく、問答した仏だけがいるだけみたいなんだけど、その問答だけでも嫌ね。
なにせ質問されている間、答えるまで性欲が増幅していくだなんて最低な試練だったもの。
「幸いなのが今まで戦ってきた【魔女が紡ぐ物語】がそのままの能力で相対するわけじゃないから、今回の【煩悩の仏】もあの時の試練と同じ事をしてくるわけじゃなさそうな事ね」
「しかし冬乃先輩。だからといって同じ試練をしてこないとも限りませんよ」
「嫌な事言わないでよ……」
出来れば性欲を増幅させてくることがありませんようにと願いながら【煩悩の仏】のいる場所へと向かう。
聞いた話では【煩悩の仏】は鎌倉の大仏並みのサイズの仏が座禅を組んでいて、特に何かするわけでもなく微動だにせず座っているらしい。
私達は【煩悩の仏】を目指して歩くこと30分。
膝を着いて墨を磨っていた【泉の女神】や木に紛れていた【ヤ=テ=ベオ】と違い、空間の中にさらに別の空間、つまり先ほどまでいた花畑の空間の中に黒い渦が存在し、そこを通ると黒くて何もない空間に【煩悩の仏】がいた。
『………』
問題は私達が近づいても一切声を発しない事ね。
「不自然なくらい微動だにしませんね」
「これが本当に【煩悩の仏】なのかしら? ただの置物にしか見えないわ」
「叩いたら何か反応があるのかな?」
ソフィアさんはそう言ってあっさりと近づくと、カンカンとノックするように【煩悩の仏】を叩き出したけど大丈夫なのかしら?
『……誰だ、我が瞑想を邪魔する輩は?』
「この見た目でただの置物だったら困惑していたところでした。あなたが【煩悩の仏】ということでよろしいですか?」
『如何にも。我は【煩悩の仏】である。そういう貴様らは煩悩に挑む勇者達か』
「そう言われると誰もがハイと肯定したくなくなりますよ」
乃亜さんに同意ね。
煩悩に挑むって何よ? 【泉の女神】とかはストレートに戦うかどうか聞いてきたのに、煩悩に挑む=戦闘とか頭おかしいんじゃないかしら?
『戦う気がない、というのか?』
「ええ。戦うつもりはありませんよ」
『そうか。では帰るがよい』
……え?
「どういう事だい? 戦闘しない代わりに悩みとかやって欲しい事があるんじゃないのかな?」
『我にそんなものはない。この世の悩みからは既に解き放たれている』
ソフィアさんが私達全員が浮かんだ疑問に対していの一番にそう尋ねると、【煩悩の仏】は表情を微動だにせずハッキリと断言してきた。
「【煩悩の仏】とかいう名称の存在がよくそんな事言えるわね」
俗世まみれにしか思えないんだけど、これは困ったわね。
この【煩悩の仏】の戦闘以外での攻略方法、悩みなんかの手がかりを探すところからなんて時間がかかりそうよ。
≪オリヴィアSIDE≫
クジで勝った私達は【飾りたがりのドッペルゲンガー】とやらがいる場所へと向かっている。
どうやら【煩悩の仏】はとんでもない下劣な存在らしいので、正直こちらになってホッとしているところだ。
「乃亜ちゃん達、大丈夫かな?」
『心配しても仕方がないのです。少なくとも死ぬことはないのですし逃げる事は出来るはずなのですから、ワタシ達はワタシ達がするべき事をするのです』
「うん……そう、だよね」
この中で【煩悩の仏】とやらと関わったことがあるのは四月一日先輩だけだが、その四月一日先輩がここまで心配してしまうような相手なのか……。
性欲を増幅させてくる相手なのだから当然といえば当然かもしれないが。
いや、今は自分達の事だ。
ソフィアならば逃げる事くらい容易いだろうし、そもそもこの世界では敵、というか〝鍵〟を持つボスの方から直接害をなすようなことはしてこないから大丈夫だろう。
「……いた」
先ほどまで黙っていたオルガ先輩が指をさす先には、何やら装飾品のような物を作っている真っ黒な人型の何かがそこにいた。
「存外近いところにいたのだな」
探して1時間も経たない内に見つけられるところにいるのはボスとしてどうなのだろうか?
まあ全く見つけられず、分かりづらいところにいられるよりは断然マシなのだが。
「さて、早急に〝鍵〟を手に入れてしまおうではないか。おい、そこのモノ!」
『――むっ、なんだ?』
「っ、くっ!」
真っ黒な人型の何かはすぐに今のワタシと同じ姿になって返事をしてきた。
つい先日【ドッペルゲンガー】に関わったのだから、向こうが自分の姿になるだろうことは分かっていたものの、やはり自分とそっくりな存在が目の前にいるのは違和感しかないな。
……なにより魔法少女のコスプレをしている今の自分の姿をマジマジと見せられているのが、激しく屈辱的だ!
「……落ち着いて。
……〝鍵〟が欲しい。戦闘する以外でどうすればくれる?」
『さてな。わざわざ敵である貴様らに教えてやる道理などあるまい』
「……なるほど。分かった」
ああ、オルガ先輩が[マインドリーディング]で何をすればいいのか読み取ったのか。
戦闘に直接かかわるわけではないが便利なスキルだな。
「……オリヴィア、着飾って」
「はっ?」
何を言っているのか分からず、私は言葉の意味を理解できなかった。
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