30話 七つの美徳
≪蒼汰SIDE≫
ドッペルゲンガーが〔典外回状〕を使えるのは反則だと思う。
さっきまでアヤメの力を借りて戦えていたのに〔忌まわしき穢れは逃れられぬ定め・黒水偽鏡〕を使われてしまったせいで、アヤメから手助けしてもらえなくなってしまった。
すぐに[チーム編成]でアヤメの装備を解除した後、ドッペルの僕と再び剣で斬り合う事になったけれど、先ほどと違ってアヤメの予測が無いせいで少しでも油断すればすぐに斬られてしまうのは間違いない。
『どうしたの? さっきよりも動きが鈍くなってるよ』
「っ!?」
向こうは喋る余裕があるようだけど、僕には剣を受け止めるのに精一杯でそんな余裕はどこにもないよ。
『ぶっ殺なのです!』
『死ニヤガルノデス!』
僕らのサポートが出来なくなったアヤメ達は、言葉とは裏腹にまるで子供の喧嘩のように互いのほっぺを引っ張り合ったりしているようだけど、そちらに構ってる暇はない。
剣同士がぶつっかった衝撃を利用して後退し、少しでも時間を稼いでなんとかこの状況を打開するための策を練るために、ドッペルの僕へとふと思いついた疑問を投げかける。
「くっ、〔忌まわしき穢れは逃れられぬ定め・黒水偽鏡〕で反転してるなら、どうして“強欲”の力で強化されているお前は弱体化してないんだ!?」
剣を打ち合って気づいたけど、先ほどとそれほど動きが変わっていないように感じたんだ。
“強欲”のバフがデバフになっていないとおかしいのに、そんな気配は一切ない。一体どういう事なんだ?
『簡単な話だよ。
〔忌まわしき穢れは逃れられぬ定め・黒水偽鏡〕の効果は反転。
そしてボクを強化しているのはあくまで“強欲”であって、効果そのものではない。
つまり反転するのは“強欲”そのものだ』
「“強欲”が反転?」
『七元徳、もしくは七つの美徳って知らないかな?』
「ああ、そういう事ね」
“強欲”は七つの大罪の1つであり、その反対は七つの美徳と言われている。
つまり“強欲”が反転した結果、“分別”になると……。
「いや、“強欲”の反対が“分別”っていまいちピンとこないんだけど。“分別”ってなんなの?」
『知らないよ』
「自分の事なのに?!」
『七つの大罪と違って七つの美徳はいまいち頭に残らないんだから仕方ないでしょうが! 僕が知らないんだから、ボクが知るわけないよね』
「それを言われると何も言えないなぁ」
強欲の反対ってぶっちゃけ無欲なのでは? と思わなくないけど、今はそんな事考えている場合じゃない。
さっきまでドッペルの僕が“強欲”の力で、自身の能力の最適解を得ていると言っていた。
つまりさっきまでの“強欲”の力は身体能力に直結するものではないから、自分の元々持っているものを使っていたにすぎず、反転したところで影響はさほどないということか。
『考えている暇があるのかな?』
「つっ!? 自分のことながら、なんて面倒な能力なんだ」
“強欲”だけならともかく反転して別の能力になるとか勘弁して欲しいよ。
もっとも、そこまで意識する必要はないはず。
僕は剣を受け止めながら、“分別”について意識するのは止めた。
マリとイザベルが普通の人の三分の一程度の“強欲”と言っていたからそこまで強い能力じゃないはず。
「ふっ!」
『ちっ、反撃できるようになってきたみたいだね』
“分別”とかそういう事を考えるのを止めて、目の前の相手に集中して攻撃を埋め続けていたら、段々慣れてきたお陰でこちらからも攻撃を仕掛けられるようになってきた。
『おっと』
もっともその攻撃もドッペルの僕はさっきまでと違って、剣で受け止めたりせずにかわして避けるから空振りばかりだけど。
ただ、攻撃を一方的に受けていた時よりは相手に振り回されないで済んでいるだけマシだけど。
『中々しぶといな』
「それはこっちのセリフだよ。ハァハァ」
一体どれだけ戦い続けただろうか?
それほど長い時間ではないと思うけど、剣を何度も降り、全力で動いていたら息も上がってしまうな。
『随分疲れてきたみたいだね』
「ハァハァ、なんで……?」
『ボクがあまり疲れていないように見えるのがおかしいって言いたいのかな?』
こっちが何を言いたいのか察して問い返してきた。
ニヤニヤと笑いながら聞いてくる辺り、なんていやらしいんだ。
『まぁ簡単な話、“分別”の効果さ』
「“分別”の効果って、まさか体力増幅?」
『いやいやそんなわけないよ。“強欲”の時と同じで“分別”には直接的にボクに対して何らかの影響を与えるものではないさ。
ただ無駄な体力を使わない様に動きを取捨選択しやすくなるだけだよ。お前の攻撃を受け止めずに最小限の動きで避けるといった選択をしたりとかね』
「は?」
え、そんなのあり?
『剣を受け止められるよりかわされる方が体力は消耗する。“分別”の効果が大した事ないだろうと軽視して行動したのが間違いだったね。
長期戦になればボクの方が有利になる。
同じ能力であっても体力の差から考えればここからの逆転は絶望的だよね』
これは、マズイ。
〔穢れなき純白はやがて漆黒に染まる〕で体力は回復出来るけど、それは向こうも同じ回数出来るのだから、最終的には僕がやられるのは目に見えている。
このままでは僕がドッペルの僕に負けてしまう。
どうすればいい? この状況から打開するための策は何かないだろうか?
焦りながら向こうの攻撃をさばき、どうすればいいのかひたすらに考え続けた。
傷を負う回数が目に見えて増えてきたけど、〔穢れなき純白はやがて漆黒に染まる〕で回復出来るから、今はある程度のダメージは甘んじて受けて打開策を練らないとどの道やられてしまう。
『あははっ! 勝てる、勝てるぞ!
お前を倒し、お前に成り代わることでボクはまた思う存分ガチャを回すんだ!』
………………あっ、そうか。そうだった。
ははっ。なんでこんな単純な事に気が付かなかったんだ。
この勝負、僕の勝ちだ。
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