32話 キミ、思ったより使えるよ
『ちっ、放しなさい!』
謙信が腰にしがみついた僕をどかそうと腕を掴み――
――パンッ
――ボキッ
「ぐあああっ!!」
上半身の服が吹き飛び、腕の骨が折れた。
『え、脆すぎじゃありませんか?』
謙信に同情するような目で見降ろされており、先ほどまで激昂していたのが嘘のように今は逆にオロオロとしていた。
『いえ、あの、苦しめるつもりはありませんでしたよ。まさかここまで耐久に乏しい方がここにいるとは思わず、軽く掴んだつもりだったのですが2人分の武将と毘沙門天の力で思いの外強化されているせいで、その、ごめんなさい』
敵に言い訳されるみたいに謝られていて少し悲しい。
まぁこの怪我ならすぐに治るのだけど。
僕の身体から一枚の白い半紙が突然飛び出してきて、それは瞬く間に黒く変わり燃え尽きて消滅していった。
それと同時に折れたはずの腕の骨は繋がったのか痛みをもう感じない。
〔穢れなき純白はやがて漆黒に染まる〕のお陰だ。
今まで乃亜達に守られていたし、[損傷衣転]でダメージを受ける機会は滅多になかったのでHPを回復するために使われる事はなく、せいぜい体力回復程度の役割だったけど今は凄い助かっている。
もっともストックできる枚数が最大10枚で残り9回までしか回復できないが、それだけ時間が稼げるなら十分なはずだ。
『えっと、離していただけませんか。あなたでは私を止めるなど無理な事はわかっ……ふぁっ?!』
ようやく効き始めたのか。
これの性質上仕方ないとはいえ、早く効いて欲しいとドキドキしたよ。
『うっ、はぁはぁ、い、一体なにが……? 今の私には状態異常なんて、はぁはぁ、効かないはずなのに……!』
謙信は自分の身体に起こった異変に戸惑っていた。
効くかどうか運次第だし、すぐに外されるかもしれないと思っていたけどそうならなくて本当に良かった。
〔緊縛こそ我が人生〕という名の紐。
先ほど謙信が僕を白い縄で拘束しようとしてそれを無効化し、今謙信を苦しめているものの正体だ。
……産廃とか思ったりしてゴメンな。思ったより使えるよ。
名前は相変わらず酷いけど。
その紐で縛られている間は性欲が徐々に増幅してしまうデメリットがあり、拘束されなくなるメリットがある。
そして今の謙信は先ほどまで僕に巻いていたものを跳び付いた時に、腰に巻きつけられたため、そのメリットとデメリットを抱えている状態な訳だ。
謙信は状態異常に対して効かないはずだなんて言っているけれど、これに限っては状態異常とは言えないと思う。
装備でたとえるなら最大HPを半分にする代わりに攻撃力を4倍にする剣があったとして、そのデメリットは状態異常に当てはまらないのと同じことのはずだ。
『あなたが原因……? は、離れて!』
「ぐあっ!」
思わず手が出てしまったかのように振るわれた手は、明らかに虫でも軽く払う様な動作だったにも拘わらず、僕の身体はゴムボールのごとく弾き飛ばされ、何度も地面を転がって壁際に寝転がしていた信長の近くの壁に叩きつけられた。
「せん……ぱい……」
「蒼汰……」
「……蒼汰、君」
乃亜達は自分達だってフラフラのはずなのに僕の心配をしてくれたのが聞こえてきた。
派手に吹き飛ばされて全身が痛いけれど、〔穢れなき純白はやがて漆黒に染まる〕のお陰で生きている。今のでストックされていた9枚中7枚消費したけれど。
『はぁはぁ、収まらない。一体私に何をしたの……!』
そう言って足をふらつかせながら、僕に向かってその手に持つ槍を投げようとしてきた。
〔穢れなき純白はやがて漆黒に染まる〕は残り2枚しかないのにあの攻撃を受けて耐えきれる気がしない。ここまでか……。
『ふぁ~』
そう思った時、横からアクビが聞こえてきた瞬間咄嗟に閃き、すぐさまただのスマホを取り出して電源をつけ画面を見ると同時に、近くにいた信長を掴んで盾にする。
『くっ……!』
『ふぇ?』
信長の“怠惰”の力のせいで槍を投げそこなった謙信は、苦々し気な表情で下を向くと何かに気付いたかのようにハッとした表情になった。
『はぁはぁ、なに、この紐……? まさかコレなの?』
気付かれてしまった。
しかし気付かれたところで増幅した性欲は発散するか、時間が経たない限り収まらない。
『切れて……! はぁはぁ、身体の火照りが治まらないけど、これ以上酷くなることはなさそうですね……』
槍で〔緊縛こそ我が人生〕を切ったけれど、息は荒くその姿は隙だらけだった。
「はっ!」
『ぐっ』
いつの間にか亮さんが謙信の元まで来て、刀で斬りつけていた。
しかし謙信は体をフラフラさせ隙だらけであったにも拘わらずそれに反応し、槍で受け止めていた。
「はぁ。情けないな。まだ学生の子達に助けられてしまったんだから」
まるで自身のみっともなさを隠したいと言わんばかりに顔に手を当てて悔しそうにしている亮さんは、その負の感情を全て謙信へと叩きつけるがごとく強く睨みつけた。
「温存などと言っている場合じゃなかった。不調であってもその反応の良さ。なら今のこの絶好の機会に全力を尽くさなければ貴様を倒す機会など訪れないだろう」
『くっ、こんな時に……!』
「死ぬ気で足掻くといい。その足掻きを俺の全てで無に帰してやる。
この身を喰らえ。〔未来永劫満たされぬ餌袋・飢餓自食〕」
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カクヨム様にて1話先行で投稿しています。




