9話 ブモ
「こっちに誰かいるんだよね?」
僕は不安に思いながら、石たちが示す矢印の方向に向かって歩いていく。
学校の廊下よりも少し狭めな通路で、人が2人すれ違うのがやっとな場所を歩かされているだけに不安が募る。
「天井の高さも手を伸ばしたら届きそうなくらいに低いし、ミミックのダンジョンどころか、他のダンジョンとも丸っきり勝手が違うな」
この【魔女が紡ぐ物語】が造った迷宮は、広い場所もあれば今歩いている場所のように狭い通路もあり、ダンジョンとは違って所々で窮屈さを感じる。
ダンジョンであれば通路であっても戦えない事はない程度の空間はあっただけに、よりそれを強く感じてしまうな。
「今のところ何も出てこないけど、【魔女が紡ぐ物語】がどこかに絶対いるよね」
僕は他の人を探しながら、どこかにいるであろう【魔女が紡ぐ物語】について考える。
1体目は確実に【ミノタウロス】だとして2体目が分からない。
「文言をパッと思い出すと一見蛇のような気はするんだけど、『飢えた大蛇が暴れるかのように』って言ってるから、蛇じゃないのかな?」
それに『吸い取ってあげる』って、蛇は吸い取ったりしないし……。
中間の文を考えると、蛇と言うよりは――
「あっ」
何となく答えにたどり着きそうになった時、空間が広くなった場所で座り込んでいる人影が見えた。
良かった。誰かと合流出来た!
僕は少し嬉しくなって、早足で座り込んでいる人の下へと向かう。
迷宮内が薄暗くてよく見えないけれど、矢印はあの人を指し示しているので人間であることは間違いないだろう。
「あの、すいません」
僕は近づきながら声をかけてみた。
あれ? 聞こえなか……っ!
「ち、血まみれ!? 大丈夫ですか!」
いくら薄暗くても、これだけ近づけば相手の状態が見て取れたので大怪我しているのが分かった。
僕はすぐさま手当をしようとその人に触れたけど、すぐに手当の必要性が無い事に気付いてしまった。
「……死んでる」
まだ若干生暖かったけど、顔には生気がなく、脈を測っても見たけど既に止まっていた。
目も開きっぱなしで、半開きの口からは血を流しており、胴体には左肩から右の脇腹まで大きな切り傷が付けられていた。
「【魔女が紡ぐ物語】に殺されたのかな……」
ようやく誰かと合流出来たと思っただけにショックが大きかったけど、こんな所で座り込んでいてもしょうがない。
さすがにこの状況でこの人を運ぶのは無理なので、申し訳ないと思いつつ立ち上がって他の人を探そうとした。
「……矢印がこの人を刺しっぱなしなんだけど」
石を回収しない限りこの人を指し示すとか、空気を読んで欲しい。
「死んでる人の物を勝手に持っていくのはバチ当たりなんだろうけど、緊急事態なので許してください」
僕はこの人に向かって手を合わせ、彼が所持している〔マジックポーチ〕を漁る。
さすがに人の物をこんな形で持っていくのは気分が悪いけど、このままではずっとこの人を指し示し続けてしまい他の人を探せない。
「一応貰った分の代金は渡しておこう」
勝手にこんな事をしているので気休めにもならないだろうけど、タダで持っていくよりはマシだと思うし。
「石の数が16個か。結構持ってたね」
なんか追剥みたいなセリフだ。
それはともかく石は無事回収出来て、矢印も別の方向を示すようになったので次へと――
『ブモ』
よく考えればそうだった。
死体に動転したせいで頭が回っていなかったけど、今この時になってようやく気が付いた。
死んでいた人は生暖かった。
つまりそれは死んだばかりという事であり、当然その死因の原因となった存在がまだ近くにいると言う事。
その事実に、僕はようやく気が付いた。
『ブモオオオオオーーーー!!』
「ミノタウロス!?」
頭が牛で胴体が人間。
予想していた通り、その姿はまさにミノタウロスそのものであり、その巨体は僕の3倍は優に超えているんじゃないだろうか?
手には巨大な斧を持っており、そんなものが当たったら僕じゃ体中の骨が粉々にされてしまうだろう。
『ブモオオ』
ミノタウロスが斧を振りかぶり、僕を攻撃しようと構えていた。
恐怖に体が震え思う様に動かなかった。
いや、恐怖に震えていなくてもミノタウロスの攻撃を避けることは出来ないだろう。
なんせ振りかぶられた瞬間の斧の動きが目で追いつかず、動く暇すらなかったのだから。
ピクリとミノタウロスの腕が震え、瞬きをする間に僕は切り殺される。
そう確信してしまった瞬間だった。
「おりゃあああ!!」
『ブモッ!?』
――ガギィン!
強烈な金属音が周囲へと響く。
ミノタウロスの斧は何者かの大剣と衝突しあい、ミノタウロスは不意打ちからか数歩後退して若干よろめいていた。
「こっちだ!」
「うわっ!?」
突然現れた何者かに僕は手を引かれ、僕が先ほど通っていた狭い通路へと連れて行かれる。
『ブモオオ!』
ミノタウロスがすぐに体勢を立て直すと、すぐに僕らに向かって走ってきた。
「てめえの巨体じゃここを通れねえだろ!」
『ブモッ! ブモオオー!』
よだれをまき散らしながらこちらに腕を伸ばしてくるミノタウロスは、この人物の言う通り通路に入ってくることは出来ず、悔し気に呻くだけだった。
なんとか僕らはミノタウロスから逃げきることができ、それを理解した瞬間ドッと疲労感が押し寄せてきたけど、その前に助けてくれた人にお礼を言わないと。
「あ、ありがとうございます」
「ああ気にすんな、ってお前は!?」
「あっ、穂玖斗さん!?」
僕を助けてくれた人物。
それは冒険者学校に入った初日から僕を敵視していた、乃亜のお兄さんだった。
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